授業の終わりを告げる鐘が鳴った。それから少しの間を置いて候補生が雪崩れ込むのがリフレッシュルームにおいての日常である。特に陽が高く昇るこの時間帯には昼食を求め多くの人間で溢れかえるのだが、いつもなら真っ先にやってきて席を陣取っている少年が今日は鐘が鳴ってもなかなか姿を現さなかった。そのことについて不思議そうにする人間もあれば、特に気にも留めない人間もいる。そうしていつもと変わらず時間は過ぎていった。
「あー……くっそ……俺としたことが寝過ごしたぜ……」
結局その少年――ナインがその日リフレッシュルームに姿を見せたのは昼の長い休憩の終わる頃だった。頭をがしがしと掻き毟りながら空いている席を探してそこに腰を下ろす。
「オムライスひとつくれ」
この時間でも案外人がいるものだとぼんやり考えながら、何にするか聞いてきたマスターに注文をする。その時、横からくすりと笑い声が聞こえた。それが自分に向けられたものだと感じ取ったナインは睨むようにして声の主を見やる。
「あぁ? ……あ?」
しかし、その目は早々に鋭さを失った。一つの空席を挟んで隣に座っていた声の主であると思われる女性が候補生ではなかったからである。どうして候補生でも朱雀軍でもないヤツがこんなところに、と数度瞬きをしたナインだったが、少ししてここは一般人にも開放しているのだということを思い出した。
「あっ、ごめんなさい。えぇと、その……可愛いものを頼むんだなと思って……」
数秒とはいえナインに睨まれたその女性は少しの怯えを滲ませ、眉を下げながら言葉を発する。彼はその様子を見て一般人相手に熱くなっても仕方ないと溜め息を吐いた。それを怒りと取ったのか、女性は再び謝罪の言葉を口にする。申し訳無さそうにするその姿を横目に捉え、どうしたものかと思案するもどうにもいい考えが浮かばず、とりあえず口を開くが気の利いた言葉は出てこなかった。
「……好きなんだよ。悪ぃか」
「え、いや、わ、悪くない……です……」
ますます身を縮める彼女に「やっちまった」と心の中で呟く。しばらく「あー」とか「なんだ、」とか言った後、ようやくまともな文章が彼の口から発せられた。
「うめぇんだよ、ここのオムライス。……あんたも食ってみりゃ分かる」
その言葉に少しだけほっとしたように「そう、なんだ」と返した女性は、カウンターに立つマスターに同じものを頼む。それから暫く無言の時間が続き、未だに騒がしい部屋の中で二人を包む空間だけが切り離されたようだった。
「オムライス、お待ち!」
どのくらい経ったのだろうか、二人の目の前に湯気の立ち上るオムライスが並んだ。とてつもなく長い時間待っていたような錯覚に陥っていたナインは待っていましたとばかりにそれに飛びつく。一口目を飲み込みながらこっそりと横の女性の反応を伺うと、彼女も一口目を咀嚼し、飲み込むところだった。
「……おいしい!」
先程まで彼女の顔に落ちていた陰がで身を潜め、代わりに笑みが溢れる。そのままこちらに顔を向けた彼女にどきりと心臓を跳ねさせるも、ナインは得意げに鼻を鳴らした。
「だから言っただろ? 俺が食った中でここのが一番うめぇんだ」
「うん、もう、ほんと、すっごくおいしい!」
ぱくぱくとオムライスを口に運んでいく彼女を見て頬をゆるめ、自分もその黄色い山を切り崩す。二人がそれを平らげるのはあっという間だった。
「はぁ、美味しかったぁ。初めて来たけど今度から週一くらいで来ようかな」
そう女性が零すのと同時に、授業開始の鐘が鳴る。それを聞いたナインは次の授業は何だったかと考え、クラサメの授業だと飛び上がった。いつもならサボるのが常であるのだが、先日「次の授業をサボったら今までの課題を復習として全て自分の監視下でやらせる」と宣告されたのだ。これはまずいとマスターに挨拶をして席を立つと、横の女性に呼び止められた。
「あっ、あの! 最初、笑ってごめんね! オムライスすごく美味しかった!」
まだそれを気にしていたのかと思わず目を丸くし、「気にすんな」と笑う。そうこうしているうちに鐘が鳴り終わってしまい、早足で魔法陣へ向かった。
「ここの料理はどれもうめぇから、他のも食ってみろよな!」
転送される直前にそう言うと、彼女は一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに笑顔で頷いた。
2014.06.01
サイト掲載 2016.11.13
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