「私、貴方みたいな人嫌い」
 それが、少女の第一声であった。


 それは、昼下がりのサロンで起こった。いつものようにナギが0組の面子と話している時、じとりとした視線を感じたのである。彼はそういった――自分に向けられる視線や感情を察するのに優れた人間であり、そのためその視線も敏感に察知した。魔導院ではわりと誰にでも友好的に接するよう努めていた彼は、珍しい好意的でない視線に疑問を持ち、隣で次々と言葉を紡ぎだす賑やかな少年に相槌を打ちながらゆっくりと部屋の中に視線を巡らせる。そこで、自分を凝視している、というか睨みつけているに近い少女を見つけた。
「わり、ちょっと待ってて」
 隣にいた少年にそう告げ、ナギは少女に向けて歩き出す。後ろから「え、なになに、もしかしてナンパ~?」などという少年の声が彼を追い掛けるが気にせず歩いた。少女の方は今まで睨みつけていたナギが自分の方へ歩いてきたものだから当然驚きこの場を離れようと試みる。しかし生憎魔法陣は彼を挟んだ向かい側で、迂回しようとするも目の前に立ち塞がったナギにそれを阻まれた。
「よぉ、俺にアツい視線を送ってたのは君だよな? 俺に何か用でも?」
 爽やかに笑顔を浮かべて話しかけてきたナギに、少女の眉が寄る。気の小さい者ならば彼女の眼光の鋭さに逃げ出したのかもしれないが、彼はそんなに心の弱い男ではなかった。下から睨みつけられているのも構わず少女に笑顔で話し続ける。その様子を後ろから黙ってみていた少年は『皆のアイドルというのも伊達じゃないな』などと考えていた。因みに彼はいつもこういうとき間に入って茶々を入れているのだが、今回は大人しくしている。というのも、現在ナギの前に立つ少女の目がとても攻撃的だったからだ。少年は面白いことは好きだが面倒事は避けるタイプである。
「俺はナギってんだ。君は?」
 にこやかに話すナギをもう一度睨みつけ、少女はやっと口を開いた。
「私、貴方みたいな人嫌い」
 その言葉に後ろの少年は「いきなり何を言い出すんだこいつ」みたいな顔をしたし、ポーカーフェイスに自信のあるナギでさえもきょとんとした表情で目を数回瞬かせた。と思えば口元は元の通り笑みを象る。しかし少女は気が付いた。彼の瞳が全く笑っていない――正確に言えば、僅かに浮かんだ敵意を隠しきれていないことに。
「へえ、初対面なのに随分はっきり言うねえ。俺は君と仲良くしたいと思ってるんだけど」
「うそ。全然そんな顔してないわ」
 初対面で人はこんなにもぎすぎすした空気を醸し出せるのか。相変わらず様子を伺っている少年はそんなことを考え、立ち去った方がいいのかと思案し始めた。どうしたものかと彼が小さく溜め息を吐いたことなど気にも留めず、ナギと少女の言い合いは続く。
「君、誰に対してもそんな感じなのか? だったらやめた方がいい。誰も寄り付かなくなっちまうぜ?」
「嫌いなものを嫌いと言って何が悪いの? それに、少なくとも貴方みたいに誰にでもへらへらして薄っぺらい友情を築くよりはマシだと思ってるわ」
 淡々と述べる少女を、ナギは目を細めて見据えた。笑顔の仮面に隠してはいるが、自分に対して正面からこんなことを言ってきた彼女に対して若干の苛立ちを覚え、しかしながらそれにも勝る興味が彼の心を躍らせる。0組以外でも面白いやつがいたものだ、こいつは捕まえておいて損は無いと、刺激を求める脳が囁いた。
「なあ、君、名前は?」
「貴方に教える名前なんて無い」
「いいじゃん、どうせ友達とかいないんだろ? 俺が君の最初のオトモダチになってやるよ」
「お生憎様。私にだって友達くらいいるわ。それに、貴方のそのオトモダチがさっきから暇そうにしてるけれど、いいのかしら?」
 彼女の言葉にナギが振り向くと、いきなり話題に出された少年が一瞬だけ目を丸くしてへらりと笑った。その隙に、少女がナギの横をすり抜ける。あ、と彼が声をこぼした時には彼女は既に魔法陣の目の前だった。
 少女はナギの友人である少年に目をやると、「類は友を呼ぶのね」と呟いた。それは少年にも聞こえていたらしく、彼は思わず瞠目する。
「暇潰し程度にはなったわ。でも、もう話しかけないで」
 そう言い放ち少女は魔法陣へと消えていく。残された二人はただただ立ち尽くしていた。
「ふう……いや~、何だったんだろうね、あのコ…………って、ナギ?」
 少年が頭を掻きながらナギへ歩み寄る。完全に傍観者であったはずの彼だが、その言葉には少々の疲れが滲んでいた。未だに何も言わず魔法陣を見つめているナギを不思議に思い彼に声をかけた瞬間、不意に少年の背を冷たい何かが走り抜ける。
「……面白いじゃねえか」
 ぼそりと、そう呟いたナギの目は、獲物を前にした狩猟者のそれに似ていた。





2013.09.20
サイト掲載 2013.12.29



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