※イベント「Ding-Dong Rock Night」及びレイSR「メリー・ラン・ナイト」カードシナリオのネタバレを含みます。
午前中に入っていた仕事を終え小金井家に向かっていたは、目の前に広がる光景に思わず目を丸くした。
「……レイくん?」
サンタクロースの格好をした男が警官に連行されている。それだけでもどういう状況なんだと首を捻るところだが、そのサンタが自分の幼馴染であるとは夢にも思わないだろう。そっくりさんであってほしいと願いながら名前を呼べば、青年はぱっと表情を明るくしての方を向いた。
「!? 丁度よかった! 助けてくれ!」
藁にも縋るといった様子で声を上げたその人物は、紛れもなく彼女の幼馴染――レイ・セファートであった。
「いやー助かったぜ! ありがとな!」
がレイから事情を聞きその内容に呆れながらも警官に説明をすること十数分。どうにか彼の無実を証明することに成功し、間違えてしまったことへの謝罪と紛らわしいこと(格好)をしないようにとの若干理不尽な注意を受け、晴れてレイは自由の身となった。
「クリスマスにサンタの格好の幼馴染が警察に連行されかけてるって、サプライズどころじゃないよ……」
「お仲間だと思って声かけたオレもあれだけど、まさかサンタの格好した泥棒がいるなんて思わねーだろ……」
レイとは揃って疲れた顔をして小金井家へと向かっていた。その足取りもどこか重く、道行く人々とはまるで逆の空気が二人を包んでいる。
折角のクリスマスに暗い表情をしていてはいけないとがゆるく頭を振り、気になっていたことをレイに聞くために口を開いた。
「っていうか、なんでサンタの格好してるの? 買い出しに出てるっては聞いてたけど」
彼女が先程レイを見た時からずっと気になっていたこと、それは彼の格好についてだった。オシリスのメンバーでクリスマスパーティをするということは先日他でもない彼から聞いていたのだが、その面子でのパーティでわざわざ彼がそんな格好をするとは思えなかった。
「これはほら……アレだよ……残酷な世界を生き抜くためのこう……アレだよ……」
言いにくそうに言葉を濁す彼を見て、は「あぁ」と何かを思いついたような声を出した。
「罰ゲーム?」
「ちげーよ!」
間髪入れずにレイが否定する。彼らは罰ゲームでこういったことを課すような連中ではないし、約二名に関してはそもそも罰ゲームが発生するようなことをしようという提案に乗るかも怪しいところである。
彼の言葉を聞いたは眉をひそめ、距離を取るように一歩下がった。
「え……自主的に街中でサンタのコスプレしてたの……?」
「ちょっと引いた顔すんな!」
彼女の誤解を解こうと必死に経緯を説明し始めるレイに、「冗談だよ」とは笑ってみせる。ただでさえクリスマスに一人で外を出歩くことを嫌がっている彼が、特に意味もなく自主的にこんな格好をして街を歩くとは彼女も考えていなかった。
木を隠すなら森の中、の考えでサンタの格好をすることになったという話を聞き、彼女は複雑な表情をしつつも納得したように頷いた。
「分からなくもない考えだけど、レイくんもよく乗ったね」
「ノリは大事だからな! ちなみに発案は京だ」
「あぁ、京くんかぁ」
未だに何を考えているか分からないことが多い物静かな青年の姿を思い浮かべ、なるほどと小さく笑う。彼は無言でいることが多いが頭の中では結構色々なことを考えており、突然思いもよらないようなことを言われることも少なくない。だが、は彼のそんなところを結構好ましく思っていたりもする。この提案も京がしたのだと考えるとなんだか可愛らしく思え、意図せず口元がゆるむのを感じた。
経緯は理解したがそれはそれとして、と彼女がレイの格好を改めてまじまじと見つめる。その視線にレイは不思議そうな表情を浮かべた。上から下までを一通り確かめた後、彼女が徐に口を開いた。
「っていうかそれ、わざわざこのために買ったの? ……まさかとは思うけど、誰かの私物?」
「いいか。その辺は気にしちゃいけないやつだ」
ぴしゃりと言い切った彼には「なんで」と返すが、彼は「なんでもだ」と答えるだけで、事の真相が明かされることはなかった。
「あー、そうだ、それ持つぜ?」
「えっ? 大丈夫だよ、別に重くもないし」
別の話題を探すレイが彼女の手にある袋に目を留め、渡せと言うように手を差し出す。なかなか無理のある方向転換の仕方ではあったがは特に気にすることもなく返事をし、レイは会話の流れを変えられたことに密かに安堵の息を吐いた。
しかし彼女の持つものが何かを察知するとその表情は一瞬で驚愕に染まり、大げさに指を震わせながらそれを指し示す。
「……つーかそれ……ケーキとチキンか……!?」
そう、男だけでこの時期の店に入ることは出来ないという(レイのみが主張する)理由からパーティの場に並ぶことはなかった『クリスマスっぽい食べ物』である。彼の様子に彼女は首を傾げながら「うん」と返し、袋を持ち上げてみせる。
「この辺の食べ物ないって聞いたから買ってきたんだけど……いらなかった?」
「いや、そういうのちょっとは欲しかったしすげー有り難いんだけどよ……」
がしがしと頭を掻いたかと思うと、問題はそこではないと言いたげに目を見開きの肩を掴む。あまりの剣幕には肩を跳ねさせ思わず一歩後ろに下がろうとしたが、存外肩を掴む手が力強く、片方の足が浮く程度に留まった。若干引いた様子の彼女を気にせず、掴んだ肩を揺らし始めてもおかしくない勢いでレイが口を開く。
「お前、一人で店に行ったのか……!? 勇者かよ……!」
「レイくんは一体何と戦ってるの?」
呆れの表情を隠しもせずにそう返したはそのまま彼の手を外しにかかる。引っ張ってもなかなか離れていかないそれに小さく息を吐きながらぺちぺちと手の甲を叩いてやれば、レイは今気が付いたというように手を浮かせた。彼女のコートの肩部分が少し皺になってしまっているのを見て、離したその手で皺を伸ばす。は「ありがとう」と引っ込んでいった手を見送った。
「そんなに敏感にならなくても、一人の人だって結構いるよ? 私がケーキ買ったときも一人っぽい男の人いたし」
「ほらそうやって覚えられるじゃねーか! 一人寂しくケーキを買う男だって!」
「別にそんなことは言ってなくない!?」
どうしてこんなにも被害妄想が激しいのかと頭を抱えたくなってしまう。昔はクリスマスに役割分担をして買い物に行き誰かの家に集まってパーティをするということもしていたはずなのだが、いつからここまで過剰に人の目を気にするようになったのか。朝起きたときにプレゼントを心待ちにするとまではいかないが、もう少し純粋に浮かれた街の雰囲気を楽しめばいいのにと思わずにはいられない。
そんな彼女の心の内は知らず、その隣を歩くレイはにこにこと笑顔を浮かべている。
「まぁ今はもいるし、オレもようやく人権を得た気分だよ」
「私は隣を歩くサンタさんのせいで一人のときより視線が気になるけどね……」
鼻歌でも歌い出しそうな様子のレイを横目に、は疲れたように呟いた。ただでさえ目立つ容姿の彼がサンタの格好をして上機嫌で歩いているというこの状況は少なくない――主に女性からの――視線を集めている。横にいるというだけでそれは彼女にも容赦なく突き刺さり、それほど人の目を気にしない彼女でも少し辟易していた。
といっても、昔から幼馴染の彼らと一緒にいるにとってそういった視線は慣れたものではあるため、『どうにも落ち着かない』くらいで済んでいるのだが。
「悪目立ちじゃねーから気にすんな!」
「なんで急にポジティブなの……」
「それがすげーんだよサンタ効果。めちゃくちゃモテる。マジで。クリスマスシーズンは毎年ずっとこの格好でいるのもアリだなとすら思えるぜ」
真顔でそんなことを言い出したレイに、も思わず真面目な顔で「それはちょっとどうかと思うよ」と返す。仕事時に着用を義務付けられている等ならともかく、だ。クリスマスの今日ですらここまで目立っている彼が普段からこの格好をして歩いていたらどうなるかくらい、には容易に想像がついた。それに、レイには悪いが、その彼の横は正直あまり歩きたくない。
レイもさすがに本気ではなかったようで、「まぁそうだよな」と頷いた。
「お、コンビニ。酒買わねーとだし、寄ってこうぜ!」
看板を見つけたレイがそういえばと本来の目的を今思い出したかのように言う。しかし、彼のその言葉には「えぇ……」と声を上げ難色を示した。
「その格好でコンビニ入るの……? 私は先に行って皆とケーキ食べてるからレイくん一人で行ってきなよ……」
「なんでだよ! 別にそこまでアレじゃねーだろ!」
「うーん……外ならまだ色々バイトの人とかもいるしありだとは思うけど……さすがにお店の中となると……いやでもお店の人もサンタになってるのかな……」
クリスマスなだけあって、ティッシュ配りやら店の呼び込みやらは大体誰もが似たような服を纏っている。街中がこの状態であるため、レイも目立っているとはいえ街の風景に溶け込んではいるが、これが店の中だったらどうだろうと彼女は顎に手を当てて考え込む。
実際どうかは分からないがやはり店員も驚くだろうし、何故か彼でなく一緒にいる自分が複雑な気持ちになってしまいそうだ。いや、彼が気にしないのならばそれで構わないのかもしれないけれど。いっそ自分もサンタの格好をしていれば開き直れるのだろうか、などとの思考もおかしな方向へと飛んでいく。
難しい顔をしている彼女を見て、気にするなとでも言うかのようにレイが親指をぐっと立てた。
「大丈夫だって! いけるいける!」
「謎の自信!」
という同行者――異性であることも大きいのかもしれない――が出来たからか、先程までのマイナス思考はどこかへ消えてしまったらしい。あまりにも自信に満ちたその表情に、彼女は諦めたように口を開いた。
「もう、仕方ないなぁ……」
「そうこなくっちゃな! よっしゃ酒買うぞ酒ー!」
開ききる前の自動ドアにぶつかるのではないかという勢いで入店するレイを呆れた顔で眺め、も店に足を踏み入れた。
目的を達成し小金井家に戻ってきたレイは、コンビニの袋を掲げつつどかどかとあがりこんでいく。その後ろにいたは脱ぎ散らかされたままの靴を見て小さく溜め息をつき、それを揃えてから自分も靴を脱いだ。
「野郎どもー! 酒と肉とケーキだぞー!」
「おっ、やっと帰ってきたな」
聞こえてきたレイの声に、食卓を囲んでいた三人が揃って部屋の入口に顔を向けた。
「随分と時間がかかりましたね」
「ちょっと色々あってなー。無事に帰ってこれただけでも良かったんだぜ?」
真琴は『遊んでいるのかと思っていた』とはあえて口にせず「お疲れ様です」とだけ告げようとしたが、その言葉はレイが手にしている袋の大きさを見て「量、おかしくないですか」というものに変わった。レイはその言葉を気にすることなく腰を下ろし、袋からいくつかの酒やつまみを取り出すと食卓に置いていく。
「……それは、どういう……(まさか……レイも月に……?)」
先程の石を握りしめた京がどこか期待するような目をレイに向ける。その視線に首を傾げながら、彼は「まぁその辺は飲みながら話すわ」とさきイカやピーナッツのパッケージを次々と開封し、置いてあった大皿にその中身を並べた。
レイがつまみの類を並べていると、その後ろからも姿を現した。
「やっほー皆、メリークリスマス!」
「お疲れ、。レイと合流してたんだな」
「うん、来る途中で会った……というか、見かけてね」
は「ケーキとチキンだよー」と持っていた袋を大皿の横に乗せる。賑やかになった食卓を眺め、真琴がどこか納得したように頷いた。
「レイさんもようやく吹っ切れたのかと思いましたが……さんが一緒だったんですね」
「その辺のやつはオレに会う前にがもう買ってたからオレはノータッチだぜ」
「聞いてくださいよ真琴さん! レイくん、私が一人で買ってきたって言ったらすっごい顔で見てきたんですよ! 酷いと思いません?」
頬を膨らませるに目を向けた真琴は「やっぱりそんな感じだったんですね」と苦笑する。てっきり合流した後に二人で買いに行ったのだと思っていたが、が一人で買いに行っていたとなれば、そんな彼女に彼がどんな反応を示すかは想像に難くない。
不満そうな表情の彼女はレイに視線を落としたかと思うと、その頭に乗っている帽子を持ち上げる。
「サンタのコスプレしてコンビニでお酒買い込むのが出来るなら一人でケーキ屋さんも余裕だと思うんですけど……」
「それには心底同意しますね」
彼女の言葉に、真琴はやれやれと言いたげに肩をすくめた。そんな二人の会話を聞いていたレイが噛み付くように反論する。
「お前らこの格好の力舐めてんだろ! すげーんだからなマジで!」
つまみを粗方並べ終えた彼は立ち上がりの持っていた帽子を取り返すと、そのまま彼女の頭に勢いよく被せた。突然何をするんだと帽子を脱ごうとするの手を押さえつけ、これでお前も仲間だとレイが笑う。頭部だけクリスマス仕様にされてもと思わなくもないが、もう彼の好きにさせようとは帽子にかけていた手を離した。
「……(着替えた時は渋々といった様子だったが……ここまで言わせるだけの絶大な効力があったのだろうか……。細かいことはよく分からないが、何かしらの成果が得られたのならば、提案をした甲斐もあったというものだ)」
その様子を眺めていた京は特に言葉を発することはなかったが、どこか満足げな表情をしていた。いつの間にかコップや皿を新しく用意していた進が「ほらお前ら」と四人に声をかける。
「も来たことだし、もう一回乾杯といこうぜ」
「はーい。あっ、手洗ってくるからちょっと待って!」
がぱたぱたと洗面所へ向かい、一分と経たないうちに慌ただしく戻ってきた。そんな彼女を見て「あんまり慌てると転ぶぞ」と進が笑う。
レイが出してきた座布団にも座り、全員が飲み物を手に取る。少しの間誰が乾杯の音頭を取るのかと目配せをしていたが、しびれを切らしたようにレイが手に持ったコップを高く掲げた。
「よーし、今日は飲み明かすぜ!! メリークリスマス!! 乾杯!!」
その声に合わせて全員が「乾杯」と口にする。とりあえずケーキが食べたいと切り分け始めたは京の視線が自分に向いていることに気付き「京くんもケーキ食べる?」とケーキが乗った皿を軽く上げてみせる。京は頷いて差し出された皿を受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
チキンにチョコレートに鮭とばに、と各々好き勝手食べ物に手を付けては追加で酒を注いでいく。がいない間にあった出来事や先程の騒動の話を中心に雑談が繰り広げられる様子はいつも彼らがしている飲み会とさほど変わらない。クリスマスという単語は既に彼らの頭の中から抜け落ち、普通に喋り、飲み、食べるだけの集まりと化している。
クリスマスらしさを演出していたケーキやチキンはみるみるうちに少なくなり、今やそれらしいものといえばレイの格好と未だに脱ごうとする度に阻まれるの帽子くらいなものだ。
酒が足りないとレイが騒ぎ出し再び買い出しに行く行かないという問答が始まるのは、これから数時間後のことである。
Merry Christmas!
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