「アイスが食べたい」
 そう言い放った彼女に向けられた彼の視線には驚きの色が混じっていた。
 体型がほぼ分からなくなるほど服を着こみ手袋と耳あてを装着し、更にはマフラーに顔を埋めている彼女からそんな言葉が飛び出したのだ。彼の驚きも仕方がない。現在の季節は冬であり、今日は朝から雪も降っている。その中を重装備で歩く彼女は事あるごとに寒いと口にしているのだが、突如先ほどの台詞を口にしたかと思えばその言葉と寒いとを繰り返しつぶやくようになった。
 彼女は何か言いたげな彼の視線に気がついたのか、「違うの」と首を振り弁解を始める。
「確かに今は寒いけど、ほら、お店とかなら暖房もきいてるし、買って家に帰ってこたつで食べるのもいいなあって思って……だから……」
 そう言いつつもその目は少し先にあるアイス売りの屋台に釘付けであり、彼は呆れたように溜め息をついた。それに気が付いた彼女はでも、とかだって、とかいう言葉を重ね、最終的には何も言い返せず頬をふくらませていたのだが、ふと何かいいアイデアを思いついたのかぱっとその表情を明るいものに変えた。
「そうだ、外でもこれなら大丈夫なんじゃないかな!」
 言うが早いか彼女は彼に向かって腕を広げる。一瞬何のことかさっぱり分からずきょとんとした彼であったが、彼女の意図することを理解したと同時に再び深く息を吐いた。彼女は自分を歩く湯たんぽか何かと勘違いしているんじゃないかと疑問を抱きつつもその小さな体を抱きしめてやれば、胸のあたりから「やっぱりあったかい」とくぐもった声が聞こえる。彼女がどんな表情をしているのかを想像しながら、たまにはこういうのも悪くないかもしれない、と、彼は小さく苦笑した。





2016.02.12
サイト掲載 2016.11.13



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