ぐらり、と視界が傾く。
「う、わ、っ……」
バランスを崩し危うく転ぶかと思われたが、間一髪のところでは近くのベンチに手をつき最悪の事態を免れた。先程まで人の多い場所にいたせいで疲れが出たのかもしれない、とそのままそこに腰を下ろす。
新しいグッズの発売。それが今日こうしてが外出している理由である。定期的に発表される新商品の情報をチェックし、好みのものがあれば発売日に買いに行くというのが彼女の日々の楽しみだった。人気の出そうな商品の発売日には大抵ショップに人が集まり、当日であっても狙った品が買えないこともある。そして、今日はその『人気の出そうな商品』の発売日だったのだ。
梅雨入り前でべたつく空気の鬱陶しさに顔を顰め、効果が薄いと分かっていながらも手で風を送る。早速鞄につけられた今回の戦利品の一つであるピンズが目に入り、は満足気に目を細めた。
「あの、大丈夫ですか?」
突然降ってきた声にびくりと肩を震わせ、顔を上げる。そこにいたのは、柔らかな金色の髪をした青年だった。首にショールのようなものを巻き、更にはあまり街中でお目にかかることがないヘアバンドまでつけた彼にが最初に抱いた印象は「暑そう」である。しかし初対面でそんな不躾なことを口に出すほど彼女は常識のない人間ではなかったし、青年が本気でこちらを心配しているかのような顔をしていたので軽く頷きながら返事をした。
「え、ええと……だ、大丈夫、です……?」
「そうですか、それなら良かっ――あ、いや、さっきここに手をついてるのが見えたから、大丈夫かなと思って……!」
困惑した様子のを見た青年は一瞬だけ安堵の笑みを浮かべたが、すぐに焦りを交えた表情に変わる。ころころと表情の変わる人だなあとがくすりと笑うと、それに気付いた彼も少しだけ照れたように笑った。
ふと、青年の視線がの鞄に留まる。その瞬間、彼は目の色を変えて彼女に問いかけた。
「ね、ねえ! これ、もしかしてホウオウ!?」
「えっ!? あ、はい、そうですけど……」
急に人が変わったように聞いてくる彼に驚きつつも、何だこの人同志かと心の中で一方的に握手を交わしながら頷く。すると青年はまるで少年のように瞳を輝かせてホウオウがデザインされたピンズを見つめ、恍惚とした溜め息を吐いた。
「すごいな……これは君が自分で?」
「いえ、これはさっき買ってきたものですよ」
「買ってきた? これ、どこかで売ってるのかい?」
「は、はい。ポケモンセンターに行けばもっと色々――」
「ポケモンセンター!? いつの間にかこういうものも売るようになったのか……」
これがジェネレーションギャップってやつか、だとか、いやでも昨日行った時には何も、だとか呟く青年を暫く眺めていただったが、陽が傾いてきたことに気付き早く帰らなければと立ち上がる。
「あの、私そろそろ帰りますね。心配して頂いてありがとうございました」
「ん? そうか、暗くなってしまうからね。気をつけて。こちらこそ有益な情報ありがとう」
最初よりも幾分砕けた口調でにこやかに手を振る彼にぺこりと頭を下げ、いざ帰ろうとしたは一歩踏み出してその足を止めた。そのまま動こうとしない彼女に不思議そうに首を傾げ、青年がその肩を叩く。どうしたんだと聞く前に振り向いた彼女は青ざめた顔で口を開いた。
「――あ、あの……ここ、大阪……ですよね……?」
「え?」
目を丸くする彼の口から次に発せられる言葉が「当たり前じゃないか」であることを願い彼を見つめるは気付く。彼の金色に輝く髪をおさえつけているヘアバンドは。まるで先端だけを赤い染料につけたような配色のショールは。そのショールを留めている金具のデザインは。異様なまでにホウオウに食い付きのよかった、この青年は。どれもこれも見覚えのあるもので、夢でも見ているのかと錯覚してしまう。そんな筈がない、と自分に言い聞かせるに、怪訝な顔をしたままの青年は当たり前のようにその言葉を口にする。
「ええと……オオサカ? それ、地名かい? ここはコガネだけど……」
その瞬間、の中の仮定は全て現実となって彼女を飲み込んだ。
2014.08.12
サイト掲載 2014.10.05
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