嵐が運ぶ出会い
――またやられた。
買い物から戻ってきたは、部屋のドアを閉めることも忘れて頭を抱えた。
「いつまで続くんだろうなあこれ……」
床やテーブルの上に散らばったふわふわとした物体。ひとつひとつは大した量ではないのだが、あちこちに散乱しているそれを全て片付けるのはなかなかに骨が折れるもので、家を空ける度にこれは本当に勘弁してほしい、と溜め息をつく。
にはこれが何なのかも、誰の仕業なのかも分かっているが、だからこそ強く言えない部分があった。
かぜかくれポケモンエルフーン。家に入り込んで家具を動かしたり部屋を綿まみれにしたりといったイタズラを好むなんとも厄介なポケモンである。数週間前のある日、はこのエルフーンが風で飛ばされかけているのを目撃した。確かにその日は風が強く、が差そうと試みた傘も無残な姿で彼女の手に収まっていた。まあ野生で生きていればこのくらいのことはよくあるだろう、と、早く家に帰りたかった彼女は心の中で「がんばれ」とエールを送り再び歩き始めた。――はずなのだが、必死に枝へとしがみつくエルフーンの頭の綿毛が次々と千切れて飛んでいくのを見て、咄嗟に手が伸びていた。
その後強風の中なんとか家よりも少し先にあるポケモンセンターに辿り着き、慌てながらも受付で「あの、なんか、毛、毛がものすごく千切れてて……!」と腕の中のエルフーンを差し出した。目を丸くしたジョーイは彼女に抱き締められているエルフーンを確認し、すぐに「大丈夫ですよ」と微笑んだ。
「風で綿が千切れてしまったんですね。エルフーンの綿は元々千切れやすいのですが、生えてくるのも早いんです。安心してください。でも体力を消耗しているようなので、回復のために少しの間お預かりしますね」
ジョーイの説明に安堵の表情を浮かべたはエルフーンを引き渡し、飲み物でも買うかと自販機へ足を向けた。すっかり元気になったエルフーンが戻ってきた頃には風も大分穏やかになっており、は「気をつけて帰るんだよ」と彼(彼女かもしれないが)を近くの草むらへ放してようやく自分も帰路に就いた。
そして、その数日後、の部屋は綿にまみれていた。
初めは困惑したものの、きっとあの時のエルフーンだとすぐに気が付いた。が何も出来ずにいるのはそのためだ。
きっと「困らせてやろう」だとかそういう意図はなく、多分どちらかというと良い感情からしていることなのだろう。それを強く否定するというのも彼に悪い気がするけれど、このまま毎日部屋を綿まみれにされるのも困ってしまう。もし懐かれているのならばいっそゲットして一緒に暮らしてしまうのもありかもしれない。しかし自分の前に姿を現してくれなければどうしようもない。
どうしたものかと頭を捻るは、なんとなく捨てられずにいた袋いっぱいの綿に目を留め、ぽんと手を叩いた。
初めて見るふかふかのクッションと、その前に置かれた色とりどりのきのみ。いつものようにの部屋に入り込んだエルフーンは見慣れない光景に不思議そうな顔をする。そのクッションは人間が使うものというよりはポケモン用のそれに見えた。彼女はポケモンを持っていないと思っていたが、違ったのだろうか。それとも、今出かけているのはポケモンをゲットするためなのだろうか。でも急にどうして、と考え込んだ彼は、自分がこうして部屋に入り込んでいるからではないかという結論に達し、ぺたりと机に座り込んだ。
エルフーンは風に飛ばされそうなところを助けてもらったあの日から、彼女の手持ちになりたいと、そう考えていた。もう一度彼女のところに行って、自分をゲットしてもらうのだと。突然目の前に現れるのは緊張してしまうから、彼女が出かけている間に部屋に入って心の準備をしておこう、と。けれども、どうにも落ち着かず部屋の中をふわふわと行ったり来たりしているうちにいつも彼女が帰ってきてしまい、落ちた綿を拾い集めることも忘れ、慌てて部屋を飛び出してしまうのだ。
それをこれまで何回も繰り返してきた。そわそわしすぎて毎回綿が散らばってしまっていたことにも気付いている。きっとそれで彼女も迷惑しているし、もう自分が寄り付かないように撃退用のポケモンを捕まえるつもりなのだ。自分の行動のせいでそれほどまでに迷惑な思いを彼女がしていたのだと、エルフーンの表情が悲しみで染まる。じわじわと視界が歪み、やがて雫がこぼれ落ちた。
もうこうして来るのはやめにしよう、彼女に迷惑をかけてはいけない、と、出ていくために窓へと向き直る。
――窓越しに、とエルフーンの視線がぶつかった。
まさかそこに彼女がいるとは思っていなかったエルフーンは飛び上がって驚き、そのまま机の下にぽてりと落ちた。そんな彼の様子を見ていた××が慌てて窓を開け、体を乗り出す。
「ちょ、ちょっと大丈夫!? ごめんそんなに驚くとは思ってなくて……!」
大丈夫だと返事をするかのように小さく鳴き声が聞こえ、は胸を撫で下ろす。が、おそるおそる顔を覗かせたエルフーンを見てぎょっとした。急いでその体を抱きかかえると、心配そうに声をかける。
「本当に大丈夫? どこか痛い? ポケセン行こっか?」
エルフーンはどうして彼女の方がそこまで慌てているのか分からなかったが、彼女がハンカチでそっと目元を抑えてきたことで、自分が涙を浮かべていたからだということに気が付いた。痛いところがあるかという問いに首を振り、頭の綿を引っ張って顔を隠す。
あんなに迷惑な思いをさせたはずなのに、彼女はどうしてこんなに優しくしてくれるのだろうか。自分を撃退するためのポケモンを捕まえてきたのではないのか。そんな風にされたら、せっかくの決心が揺らいでしまう。
ぎゅうぎゅうと綿を引っ張るエルフーンの手をそっと撫でながら、「そんなに引っ張ったらまた千切れちゃうよ」とは笑う。
「ねえ、エルフーン」
突然呼ばれた名前に、彼はそっと顔を上げる。彼女は少し困ったような笑みを浮かべ、彼の前に空っぽのモンスターボールを差し出した。
「もし良かったら、私の家族にならない?」
エルフーンの瞳から、再び大粒の涙が溢れた。
2017.09.30
サイト掲載 2017.10.31
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