ある夏の日のこと。人々が夏の装いで歩く中、パーカーを羽織り更にそのフードをすっぽりと被った三人組が言葉を交わしながら裏道を進んでいた。
「だーかーらー、海でスイカ割りに花火がしたいんだってばー」
「いいっすねえ。でも俺バイトがあるんで厳しいと思うっす」
「……カノ、お前の頭の中には遊ぶことしかないのか」
「そんなことないけどさあ、夏だよ!? 夏って言ったら海! 海と言えばスイカ割り! そして砂浜で花火! っていうのが定番だと思わない? だからセトのバイトが無い日にでもさ、僕達も――ってキド!? 話聞いてよ!」
「お前の話には付き合ってられん」
 キドと呼ばれた少女がすたすたと歩いていくのを、カノと呼ばれた少年が追い掛けるようにして歩幅を広げる。その後ろを残りの一人――セトが苦笑しながらついていく。これが彼等の日常の一コマだ。
 メカクシ団という組織の一員である彼等はそれぞれが『目』に関する特殊な能力を持っている。だが、その点を除いてしまえばこの三人もまた街を横切る学生となんら変わりない少年少女だ。何気ない会話をし、帰るべき場所に帰ろうと歩を進めていた。
「――っ、と」
 不意に、先頭を歩いていたキドに一人の少女がぶつかり、彼等の歩みは止まる。余程急いでいたのだろうか、勢い良くぶつかった少女は小さく声をあげてその場に尻餅をついてしまった。キドが申し訳なさそうに眉を下げ、少女に手を差し伸べる。
「すまない、前を確認して歩いていなかった。立てるか?」
「あ、す、すみません……ちょっと急いでい、て…………え、」
 差し出された手を素直に取ろうとして顔を上げた少女の言葉と動きが止まり、三人は首を傾げた。そんな三人の顔を、目を見開いた少女が凝視する。困惑と驚愕の色を宿したその目はキド、カノの顔を確認し、その後ろのセトを捉えた瞬間にその色を増した。
「……セ、ト……?」
「え?」
 ぽろりと彼女の口からこぼれた自分の名前に、思わずセトも目を丸くする。
「おい、セト。知り合いか?」
「い、いや……少なくとも、俺は見たことないっす」
 セトの返事を聞いたキドの目つきが鋭くなり、一体どういうことだと思案する。
 自分達が団員以外と関わることなどそう無いし、一番他人と接触する機会のあるセトが会ったことは無いと言っているのだ。名前を呼ばれたのはセトだが、彼女はまず自分を見て動きを止めた。そうするときっとセトだけでなく自分達二人も、もしかしたら他の団員のことまで知っているかもしれない――そこまで考え、キドは横でいつもと変わらず掴めない笑顔を浮かべているカノに尋ねた。
「……カノ、どう思う」
「うーん……もし僕達のことを知ってるとしたら、事情をお聞かせ願いたい、ってところだね」
 やれやれ、とでも言いたげに肩を竦める彼に、キドも同調するように「そうだな」と頷く。そこで二人の目が向いたのは他でもないセトである。4つの目に見つめられた彼は困ったような顔で笑い、頬を掻いた。
「あー……やっぱ、そうなる感じっすか……」
「すまないが……頼めるか?」
 キドの言葉に頷いたセトの目が、真っ赤に染まった。

***


 一方、少女の方はというと、こちらもこちらで相当混乱していた。
(ちょっと待ってどうしてこんなことになってるの? 私は買った本を読んでて、でもいきなり眠くなっちゃったから一旦仮眠を取ろうと思って布団に横になって、気付いたら全然知らない道のど真ん中に立ってて、それで知ってる道か知ってる人を探して走り回って……でも、そんな、知ってる人といえば知ってる人だけど、まさかこんなことって)
 彼女は現在迷子であった。自室で眠っていたはずが気付けば全く見たことのない道路に立っていた、という突拍子も無い現象によって。突然のことに少女は当然困惑した。少しでも見知った道、または知人に出会えることを祈ってひたすら走った。しかしそこで出会ったのは、彼女にとって知っている人物ではあったが、それと同時に存在するのはあり得ない人物だったのだ。
(だって、どう見てもセトに、キドにカノ、だよね……? コスプレとかじゃなさそうだし、まず雰囲気がその辺の人と全然違う……なんで? どうして私の目の前に、この人達がいるの……?)
 そう、彼等は少女のいた世界に『人間としては』存在していなかった。彼女が眠りに落ちる前に読んでいた小説に登場する人物――それが、目の前の三人組である。
 三人と対峙した少女はそれはそれは驚きに満ちた目で彼等を見つめた。自分のいる世界で『キャラクター』として存在していた人物が目の前に存在している。何故そうなったのか、自分は別の世界に来てしまったのか、等々、彼女は考えを巡らせ、そして――――考える事を放棄した。
 どうしてこうなってしまったのかという考えを捨て去った彼女の脳内を巡るのは、全く別のことである。この少女、何を隠そうセトのことを大いに好いていた。それはもう、現実の異性など目に入らないくらいに。そんな彼女が、理由はどうあれ目の前に現れた彼に無関心でいられるだろうか。
 答えは否である。
(これ本当にセトなのかな……わああやばい絵で見てたのより百倍かっこいいキドもカノもかっこいいけどセトが一番かっこいい後ろにいるのに一番輝いてる……背も大きいし目も大きいしかっこいいのにかわいいって反則でしょこんな人が存在してていいの!?)
 現実から目を背けるように暴走し出した彼女を止める者はここにはいない。何やら話していた三人が頷き合い、セトが一歩前に出てきたことでそれは更に加速した。
(えっ、ちょ、なんでセト前に出てきたの死んじゃう私それ以上近寄られたら死んじゃうああでもセトの見過ぎで幸せすぎて死ぬなら悪くないかなあなんて……いやいや何言ってるの私! こんな訳の分からないところで死ぬなんて――なんか今すごいいい匂いしたんだけどセト!? セトの匂いなの今の!? 何それかっこよくてかわいくて背も大きくていい匂いするって何そのハイスペックやっぱり私ここで死んでも良いや死ぬ前に生セトが見られて幸せでした……ってうわあああセトが! セトがあの大きな赤い目で私のことをを見て――赤い、目……?)
「……っ!!」
 ヒートアップしていた少女の思考が一瞬にして冷める。彼等がどういう存在なのかを知っている彼女は勿論セトの能力が何であるのかも知っているし、更にその能力を行使している時にどういう状態になるのかも把握している。故に彼女は即座に立ち上がり、今まで座り込んでいたことを微塵も感じさせない速度で走りだした。
「あっ、逃げた!」
「追うぞ!」
 それに反応したカノとキドが背を向けた彼女を追いかけようと走りだす。しかし、一向に動く気配の無いセトを不審に思い、キドが立ち止まった。
「……セト? どうした」
 そう遠くない場所から「つーかまーえたっ!」「いやあああ離してお願いします離してえええええ!!」という会話が聞こえたので、カノが少女を確保したのだろうとそちらに軽く目を向け安堵の息を吐く。だがこのセトは一体どうしたのだろうと彼の方を向けば、何があったのかセトはフードを思いっきり引っ張りすっかり顔を隠してしまっていた。
「お、おいセト? 本当に何があった?」
 状況が飲み込めずあたふたするキドの元に、まるで米俵を持つかのように先程の少女を抱えたカノが戻ってくる。
「いやー、初速は凄かったけど一瞬だけだったねー。……あれ、どしたのセト」
「それが俺にも分からないんだよ……」
 どうしたものかと首を振るキドと未だにフードで顔を隠し俯き続けるセトを交互に見たカノは、「ちょっと持ってて」とキドに少女を託した。
「セトー? どうしたのそんなに顔隠しちゃって。そんなことしても僕じゃないんだから誰も欺けないよ?」
「わ、かってるっす…………っ!?」
 ふうん、と呟いたカノがセトの顔を覗き込み、ついでに可哀想な程に強く引っ張られたフードを外すのは一瞬のことだった。露わになった彼の顔は、一日中炎天下の下にいたかの如く真っ赤に染まっていた。
「え、なに、セトほんとどうしたの? なんでそんな真っ赤になってるの?」
「いや、その、これは、……何でもないっす!」
「何でもなさそうだから言ってるんだがな……」
「……ははぁん、さてはそこの子が声に出しては言えないくらいスッゴイこと考えてたとか?」
 にやにやと笑みを浮かべ言い放ったカノの台詞に、キドの横で少女がびくりと肩を揺らす。
「も、もうやめてえええええ離してお願いいっそ殺してえええええ!!!」
「…………え、マジ?」
 逃げ出そうともがく彼女とセトを見、カノが呟く。キドは何がなんだか分かってはいないようだが、急に暴れだした彼女を逃がさないようにがっしりと腕を掴んでいる。そんな様子に耐え切れなくなったセトがようやく俯きがちだった顔を上げた。
「ち、違うっす! けど……その子は、きっと、悪い子とかじゃ、ない、と思う、っす」
 若干吃りながらもそう言ったセトに、カノとキドもまあセトがそう言うなら、と彼女に対する警戒を緩める。
「んー……まあ釈然としないところはあるけど、とりあえず帰ろうか」
「そうだな。……色々聞かなくてはならないことは変わらないが」
 そうして彼等は一人増えたことなど構いもしないかのように変わらずに帰路へついたが、再びカノに抱えられた少女とセトは口を開くこともなくずっと赤面したままであった。





2013.09.11
サイト掲載 2013.12.29



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