「……まだ寝ないのかね」
「んん……もう少ししたら……」
時折眠たげに目を擦りながらも何やら書き物をしているを眺めながら、ルキノは困ったように息を吐き出した。今日のゲームでぼろ負けしたのが余程こたえたらしい。
反省というのも大切ではあるが、時間も時間だ。急を要することでもないのだから眠いのならば早く寝てまた明日にすればいい、と口を開きかけるも、自分がそう口にしたところで説得力は皆無だなと彼は口を噤んだ。『ルキノさんだってよく夜更かししてるじゃない』だとか何とか返されるのが関の山だろう。
しかし、とルキノはまたひとつ息を吐く。元々負けず嫌いなところはあったが、正直今の彼女は見ていられないというのが本音である。最近の彼女の戦績は良くて引き分け、敗北の数も少なくなかった。とても調子が良いとは言えず、そこにとどめを刺すかのような今日のゲーム。一度もサバイバーを椅子に座らせることができなかったと唇を噛み締めるに、ルキノは「そんな日もあるさ」と頭を撫でてやることしかできなかった。
成功の為に努力をするのは良いことだが、無理をして体を壊しては元も子もない。ハンターにもそういった概念があるのかと言われると微妙なところではあるのだが。少なくとも、今目の前で何枚もの地図を広げ、何かを書いては「違う」「これじゃ駄目」と頭を抱える彼女は健康とは程遠いように思えた。
遂には小さく呻きながら机に突っ伏してしまった彼女の背中に声をかける。
「根を詰めすぎるのも良くありませんよ」
「……でも、」
顔を上げてルキノに向けられたの目は僅かに水気を帯びていた。それでも言い訳をするように口を開く彼女に、仕方がないなと言うように目元をゆるめた彼がゆったりと腕を広げてみせる。
「……おいで」
優しく諭すように紡がれた彼の声に瞳を揺らしたが、緩慢に立ち上がりルキノの方へと足を進める。彼女がルキノの脚の間に座り込んだところで、彼はそっとその背中に腕を回した。
「キミは少し頑張りすぎてしまうところがあるな」
「っ、だって……」
背中をやわらかく叩くように撫でていると、は絞り出すような声を発した。
「私、最近、全然勝てなくて……人格とか、特質とか、立ち回りとか……色々変えてやってみてるんですけど、どうしても駄目なんです……サバイバーにも馬鹿にされて、私、わたし……っ……」
今にも零れ落ちそうな涙を必死で耐えながらルキノの胸に額を押し付けるの髪に手を滑らせた彼は、そのまま静かに上を向かせる。噛み締められて血が滲んだ唇に痛ましげな表情を浮かべ、それ以上傷を付けられぬようにとそこに指を這わせる。
「キミが充分過ぎる程に努力しているのは私が知っている。……大丈夫、すぐにまた勝てるようになるさ」
「……ルキノさん、……」
大きなてのひらで彼女の頬を包み、潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめる。とうとうの目の端から雫が伝い、ルキノの手を濡らした。
眉尻を下げたルキノが、その目元に自身の口を押し付ける。瞼や額、鼻の頭にも同じように軽くくちづけ、彼はを抱きすくめた。
「休息も一つの手段ですよ。物事が上手くいかない時は特にね」
「…………はい」
小さく頷いた彼女の背中を『よくできました』と言うように軽く叩く。一定のリズムでそれを続けているとすぐに微かな寝息が聞こえてきて、ルキノは思わずくすりと笑った。
この様子ならばベッドへ運んでも起きないだろう。そう判断して、を抱いたままゆっくりと立ち上がる。涙の跡が残る頬にもう一度くちづけて、ルキノは寝室へと足を向けた。
2021.02.07
サイト掲載 2021.02.13
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