紙の上に連なる文字を目でなぞり、最後の一文字を捕まえると同時に頁をめくる。そして新しく現れた文字を再び追いかけ、自身の脳内に取り込んでゆく。
紙が擦れる乾いた音とふたつの呼吸音だけが響く部屋の中、ルキノはひたすらにその動作を繰り返していた。
太腿に感じていた重みが僅かに動き、彼は手を止めて視線を落とす。小さく声をこぼした愛しい恋人は未だその瞳を目蓋の裏側に隠している。どうやら寝返りをうっただけらしい。
彼女に聞こえぬよう密かに喉の奥で笑い、ルキノは手にしていた本に栞を挟んでテーブルに置いた。先程まではただ一定の動きを反復していただけだったその手を柔らかな髪の上に滑らせれば、眠っているはずのの頬がゆるみ、つられるようにして彼の表情も綻ぶ。
少し力を入れるだけで壊れてしまいそうだ、と、ルキノは頭の奥で考える。自分の半分にも満たない彼女の身体は、彼から見ればどこもかしこも細く、小さく、脆い。こうして頭を撫でるだけでも、必要以上の力が加わることのないようにと彼はいつも気を配っていた。
手の位置をずらし、指の背で淡く色づいた頬に触れる。鱗や爪で傷を付けてしまわぬようごく軽い力で頬を撫ぜると、くすぐったそうに彼女が顔を動かした。
真上を向いたの髪をかき分けて、隠されていた顔を露わにさせる。幸せそうな表情で寝息を立てる彼女に愛しさを覚え、ルキノは背中を丸めて自身の顔を彼女に寄せた。
触れるか触れないかくらいの静かなくちづけを彼女の額に落とす。それとほぼ同時にの目蓋がゆっくりと持ち上がった。その顔に視線を落とせば、焦点の定まらない瞳がルキノを映している。
「ん……るきの、さん……?」
「すまない、起こすつもりはなかったんだが……」
「いえ……そもそも私がかってにお邪魔してただけなので……」
未だ覚醒には至っていないのか若干呂律が怪しい彼女が身を起こそうとして、動きを止める。「ルキノさん……?」とが不思議そうな顔をルキノに向けたところで、彼は自分が無意識に彼女の肩を押さえ込んでいたことに気がついた。
離れていこうとする彼女を引き留めようとでもしたのだろうか。自分にこんな女々しいところがあるとは、と内心で溜め息をついて、が起きるのを手伝ってやる。彼女も意識がはっきりしてきたようで、どこか照れたように笑みを浮かべている。
彼女を見つめていたルキノが、軽く自身の腿を叩いて、彼女の方へ腕を広げる。少し驚いたような顔をしたは、はにかみながらも素直に彼の腕の中へ飛び込んだ。
「ふふ。ルキノさん、すき」
広い背中に手を回し、はルキノの胸板に頬を擦り寄せている。おそらく力いっぱい抱き締めているのだろう。照れることも多いが、彼女はこういう時は全身で愛情を伝えてきてくれる。それが愛おしいと思うと同時に、自分もそうしてやれないのがひどく歯痒い。
彼女と『同じ』であったのなら強く抱き締めても彼女が壊れることはないだろうが、この身体ではそれもままならない。
「私も、愛しているよ。cuore mio」
顔を下に向けて、旋毛に唇を押し付ける。腕の中に収まっている小さな体を普段よりも僅かに強く抱き締めれば、はくすくすと楽しそうに息を零しながら「動けない」と声を上げた。
2020.12.11
サイト掲載 2020.12.25
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