「もー、なんで開かないの!?」
「いやあ、困りましたねぇ」
「全然困ってなさそうに聞こえるんですけど!?」
 がらくたがごった返す部屋の中、とジャックは突然勝手に閉じて動かなくなった扉と格闘していた。
 なんでこんなことに、と肩を落とすはくすくすと笑い声を零すジャックにじとりとした目を向ける。そもそも、彼女はこの男に無理矢理連れて来られたようなものだった。
 暇そうにしているのだからと元々ジャックがルキノに頼まれごとをされていたのだが、そこに運悪く通りがかってしまったばかりにもそれに付き合わされる羽目になったのである。本当ならば今頃ゆったりとティータイムを楽しんでいたであろう彼女は、びくともしない扉にごつんと頭をぶつけて項垂れた。
「なんでよりによってジャックさんと二人きりでこんなところに……はあ……」
「まあまあ、いいじゃありませんか。その内ルキノさんが痺れを切らして様子を見に来るでしょう」
「適応能力高すぎません?」
 雑多に置かれた物の中から小さな椅子を引っ張り出してきたジャックは優雅にそれに腰掛けている。自身の腿を軽く叩いて「さんも座ります?」と聞く彼には苦い顔をしながら「丁重にお断りします」と返した。
 彼が楽しげに辺りの物を手に取っているのを尻目に、彼女は未だ扉を開けようと悪戦苦闘している。遊んでいないでルキノから頼まれた物やこの扉をどうにかできそうな物を探すくらいすればいいのに、とは思うが口には出さない。余計なことを口にして面倒なことになるのは御免だ。
 いくらがちゃがちゃとドアノブを回しても扉を揺らしてみてもまるで開く気配のないそれに、は「もう!」と頬を膨らませた。
「鍵もないのに、なんでこんなにしっかり閉まってるの……意味わかんない……」
 ぶつぶつと呟きながら、いっそ部屋の中に斧か何かが落ちていてくれれば、と周辺を探り出すの背中にジャックの声が飛んでくる。
「何をそこまで焦る必要があるんです? そんなに私と二人きりなのが嫌なんですか?」
 ああ悲しい、と目元を覆ってみせるジャックに苛立ったようにが息を吐き出す。仕草だけ見れば泣きぬれているように見えないこともないが、完全に声が笑っているため僅かに心を痛めることすらできない。
 視線を手元に戻して使えそうな物を探す作業に戻った彼女はジャックに目を向けずに口を開く。
「自覚あるならジャックさんも出る手段探してくださいよ」
「ン~……だって、ねぇ? それじゃあ面白くないじゃないですか」
「は、――ちょっと……何のつもりですか」
 音も立てずにの背後まで近付いたジャックが彼女の腹に腕を回す。そのまま踊るようにくるりと彼女を自分の方へ向かせたかと思うと、その顎を鉤爪の背で軽く持ち上げた。
 何をするんだと自身を睨みつけるに、彼はおかしそうに息を零す。が離せと言わんばかりに彼の腕を軽く叩くがまるで引く気がないようだ。
「はは、良いですね。私、貴女のその顔好きですよ」
「全然嬉しくないんですけど……ねえ、ちょっと、離してください」
「狭い密室に、男女が二人――こんな状況では、何が起こっても不思議ではありませんよね」
「人の話聞いてくれます!?」
 腰を撫で上げる彼の手に思わず身体をびくつかせたが突っぱねるように彼の胸を押す。しかしジャックは微動だにせずただ楽しそうに笑っている。
 この男にそんな欲求があるとは露ほども思っていなかった、と、彼女は予想外の展開に冷や汗を滲ませた。ジャックとはハンターである前に男と女だ。ただの力比べでは彼に敵うはずがない。
 そんな彼女を気にすることなく、ジャックは再び椅子に腰掛けた。先程と違うのは、その膝の上に向き合うようにしてが乗っているということである。
「ジャックさん、悪ふざけもいい加減に――ひ、っ」
「いやですね、私はいつだって真剣ですよ」
 スカートの中に入り込んだ彼の手が、彼女の太腿の感触を確かめるように滑る。
「ゃ、やだ、離して、……っ、だれか、」
「どうせ誰も来やしませんよ。ほら、よく顔を――おや」
 にたりと笑みを浮かべて彼女の顔を覗き込んだジャックが、何かに気が付いたように扉の方に目を向ける。ドアノブが回るのと同時に顔を抱き込まれ、は目を白黒とさせた。
「案外早かったですね、ルキノさん」
「……ここのドアが一度閉まると内側から開かなくなっているというのを伝え忘れていたので様子を見に来たんですが……邪魔をしてしまったようで」
「本当ですよ、折角いいところだったというのに」
「っ、~~~っ……! っ……!」
 あっさりと開いた扉から顔を覗かせたルキノが気まずそうな表情を浮かべている。何食わぬ顔で会話を続けているジャックに抗議するようにが脚をばたつかせるが、顔を彼の胸板に押し付けられているためろくに言葉を発することもできていない。
 そんな彼女を宥めるように、ジャックは押し付けた顔はそのままにその背中をゆっくりと撫でる。
「はいはい、見られて恥ずかしいのは分かりましたから、暴れないでください。というわけでルキノさん、我々は続きをするので出て行っていただいても?」
「そういうことは自室でしてくれませんかね。……というか、私が頼んだ物はどうしたんですか」
 呆れた顔をするルキノに「それならそこにありますよ」とそれらが纏めてある山を指し示す。ようやく解放されるのではと期待したは『いつの間に』と驚嘆し、緩む気配の無いジャックの腕に内心で溜め息をついた。
 ルキノに助けを求めようにも、言葉を発せず体も満足に動かせない今の状態ではそれも厳しい。そうこうしている間に、ルキノはいくつか言葉を投げて部屋を離れていってしまった。
「……さて、それじゃあ私の部屋に行きましょうか」
「……頷くと思います?」
 ようやく頭を解放されたの声は刺々しい。だがジャックは涼しい顔でそれを受け流し、彼女を腕に抱いたまま立ち上がった。
「分かっていませんねさん。これは提案じゃないんですよ」
 歌うように言葉を紡ぎながら廊下に出た彼は開け放たれていたドアを片手で閉める。どうにか彼の腕の中から脱出しようともがくの額に仮面越しのくちづけを落とし、ジャックは機嫌良さそうに足を進めた。





2020.11.09
サイト掲載 2020.11.14



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