ゆらゆらと大きな尻尾を揺らしてゆったりと歩く人影を視界に捉えたは、考える間もなく駆け寄ってその背中に抱きついた。
「ルキノさん!」
「……危ないから、突然後ろから飛び付いてくるのはやめたまえ」
 一瞬ぴたりと動きを止めた尻尾は力が抜けたように垂れ下がる。危うく弾き飛ばすところだと顔に呆れを浮かべるも、「はあい」と返すの声には反省の色が見られない。これは絶対にまたやるな、とルキノは小さく息を吐いた。
「せめて声をかけてからにしてもらえると有難いのだがね……それで? 何か言いたいことがあるんでしょう?」
 腰の辺りにある頭を優しく撫でながらそう問い掛けると、はぱちぱちと目を瞬かせる。かと思えば「全部お見通しでしたか」と悪戯っぽく笑い、彼の腰に回していた腕をほどいた。
 正面に立った彼女の姿を確認したルキノは思わず目を丸くする。そんな彼の様子に気付いているのかいないのか、はにこにこと笑みを浮かべながら両手をルキノの方に差し出した。
「ルキノさん、トリックオアトリート!」
 彼女の口から飛び出した台詞に『そんなことだろうと思った』とわざとらしく眉尻を下げ、ルキノはポケットから小さな包みを取り出す。
 掌の上にちょこんと乗せられた包みは可愛らしくラッピングされている。それとルキノの顔とを交互に見るが、その瞳を期待の色に染めて口を開いた。
「ルキノさん、これ、もしかしてわざわざ可愛くしてくれたんですか?」
「ロビークンが喜ぶかと思いましてね」
「うそ。さっきロビー君にルキノさんに貰ったってお菓子見せてもらいましたけど、これとは違いましたよ」
 ルキノは何でもないことのようにさらりと言ってのけたが、はそれが事実でないことを知っていた。頬のゆるみを隠すつもりもなさそうな彼女にどこかばつの悪そうな表情を浮かべ、彼は「知っていたのなら聞かずともいいだろう」と零す。
 僅かに照れたような彼が珍しく、は破顔して再びルキノに抱きついた。
 その背中に腕を回して、「そういえば」とルキノが彼女に尋ねる。
「この服は、キミが?」
 が現在身に纏っている服は普段彼女が好んで着ているものとは随分と系統が違う。種類の違う厚めの生地を組み合わせて仕立てられた、フード付きのケープ。腰回りには装飾も兼ねているのであろうベルトが幾重にも巻かれている。腕は編み上げのグローブで覆われており、ボトムには縫い付けられているのか尻尾まで付いていた。
 見覚えがあるどころではないその出で立ちは、どこからどう見ても彼の持つ衣装の一つを模したものだった。
「これはですね、今月頑張ったご褒美で貰ったんです! かわいいですよね!」
「……そうですね。本当に可愛らしい」
 ぱっと顔を輝かせる彼女に喉を鳴らして笑い、その額に軽くくちづける。ほんのりと染まった頬にも唇を落とし、ルキノはくすりとまた一つ息を零した。
 照れた様子で笑むの耳元に口を寄せ、彼がハロウィンの合言葉を囁く。彼からそれを聞くとは思っていなかったのか、彼女は意外そうな色を乗せた顔をルキノに向けた。
 ルキノはというと、悪戯が成功したような表情で目を細めている。
「キミがあまりにも可愛らしいものだから、年甲斐もなく浮かれてしまっているようだ」
 そう口にすれば彼女の頬の赤みが増す。が恥じらう姿にどうしようもない愛しさを覚えて、再び額に唇を押し付けた。「えっと」「あの」と口ごもる彼女が、膨らんでいるポケットに伸ばしていた手を引っ込めてルキノの服をちょんと握った。
「……わ、私、いま、お菓子持ってなくて……」
 ほんの少しの不安を滲ませて窺うように自身を見上げるの瞳に、今すぐ彼女をかき抱いてしまいたいという衝動に駆られる。それを悟られぬように押し留めて、ルキノは柔らかな彼女の唇に自らのそれを重ねた。





2020.11.02



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