――眠れない。
ベッドに入ってから三十分。閉じていた目を開けて、は小さく息を吐き出した。
今日は寝過ぎたわけでも昼寝をしたわけでもないはずなのだけれど、と、目が冴えている原因を考える。こんなことを考えているから余計に眠れなくなるのだろうか。
いっそ水でも飲みに行こうかとも考えたが、目の前で寝息を立てているルキノを起こしてしまうかもしれないと思いとどまる。熱の篭るシーツの中でもぞもぞと脚を動かしていると、ルキノの脚にの爪先が触れた。
ひんやりとしたその感触が心地よく、そっと脚と脚を絡める。ルキノが起きてしまわぬか様子を窺いながら、は彼の体に身を寄せる。滑らかな素肌の覗く胸元に頭を寄せてそのまま耳を押し付ければ、彼の心臓が脈打つ音が聞こえた。
(……なんだか、わるいことをしているみたい)
彼の心音をかき消してしまうくらいに自分の心臓が音を立てているのを感じたはひっそり笑う。寝ている相手にくっついてひとり胸を高鳴らせているなんて、ちょっと危ない香りがしなくもない。
つい先程までの熱を奪っていたはずの彼の鱗は、既に彼女と体温を共有してぬるくなってしまっていた。密着しているせいか、熱が逃げるどころか増している気がする。
暑さで彼が目を覚ましてしまうかもしれない、と申し訳なさを覚え、彼女は絡めていた脚を引っ込めようとした――のだが、それは失敗に終わった。
「……眠れないのかね」
するり、と、離れようとする彼女を引き留めるように太い尻尾が巻きつく。一瞬驚いたように目を瞬かせたは、少し掠れた低い声に眉尻を下げてルキノを見上げた。
「すみません、起こしちゃいましたね」
「いや……この身体は他人の気配に敏感でね。気にすることはありませんよ」
そう口にした彼の大きな手がの背中に回り、とん、とん、とさするようにたたく。やわらかく身体を揺さぶられる感覚に彼女は頬をゆるめて笑みをこぼした。
ゆったりとしたそれに、高鳴っていた鼓動が穏やかさを取り戻していく。彼が与えてくれる振動と自分の心音がひとつになっていくような気分になって、はルキノの胸に頬をすり寄せる。
「……ルキノさん、暑くないですか」
「ウン? 平気ですよ。このくらいならばどうということはない」
ならよかった、と返すの声はどこかまろみを帯びていた。そのまま二人はぽつりぽつりと他愛のない言葉を交わす。
今日のゲームは調子が良かっただとか、庭師とロビーと一緒に新しく中庭に花を植えただとか、何でもない話だ。脈絡もなく互いに思いついたことを口にしては相槌を打つ、というのを繰り返しているだけだが、眠る前の会話などそのくらいが丁度いい。
ルキノが何かを口にする度に素肌に押し付けた耳からその落ち着いた声が響いてくるのがなんとも言えない心地よさで、は無意識に口元を綻ばせた。
「今日は、月が明るいですね」
「あァ、そうですね。たしかもうすぐ満月だったか……」
「じゃあそのときは、いっしょに――」
先程まではまるでその気配が無かったというのに、いつの間にかやってきた睡魔が彼女をじわりと包み込む。
一度そうなってしまえば早いもので、途中で途切れた声にルキノが彼女を見下ろしたときには既にとろけた瞳は目蓋に覆い隠されていた。静かに呼吸を繰り返すにくすりと小さく息を吐き出し、彼はその額にくちづける。
「おやすみ、tesoro」
背中に回していた手で優しく彼女の頭を撫でたかと思うと、潰してしまわぬようにそっと小さな身体を抱きしめる。自分よりも幾分体温の高い彼女の存在を腕の中に感じながら、ルキノもまた目を閉じた。
2020.10.03
サイト掲載 2020.10.04
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