私の胸の高さほどもある長い脚が好き。広げたら私の顔を鷲掴みにできそうな大きくて筋張った手が好き。鈍く光を反射する鋭い鉤爪が好き。何を考えているのかよく分からない可愛らしい仮面が好き。その向こう側で愉しげに歪む唇が好き。囁かれただけで頭の奥が痺れてしまう甘い声が好き。ふとしたときに零れ落ちる鼻歌が好き。
――でも、一番好きなのは。
「ジャックが困っているところが見たい?」
『何を言っているんだ』と言う文字を顔に貼り付けたジョゼフさんに、勢いよく肯く。そんな私を見たジョゼフさんは何とも言えない表情をした。
「君も大概なんていうか……まあでも、似た者同士ってことなのか……」
「えっ、それって私とジャックさんがですか!? やだあ、照れちゃう!」
「言っとくけど、褒めてはいないからね」
呆れ声の彼はひとつ息を吐き出す。
だって似た者同士って、つまりお似合いってことでしょう? ――なんて、そんなこと言ったらまた更に呆れた顔をされそうだから、喉元まで出てきていた言葉を飲み込んだ。
私はジャックさんが困っているのを見るのが一番好き。滅多に目にすることはないけれど、だからこそ希少価値があるというかなんというか。
鬱陶しいだとか、呆れるだとか、そういう風にしているのは結構見る。それはそれで好き。でも私が見たいのは困り顔なのだ。――顔、といっても彼は色々な意味で表情が分かりにくいし、どちらかというと声や雰囲気、と言う方が近い気もするけれど。
いつも飄々とした彼が困り果てて頭を抱えているところなんて、以前見たのを思い出しただけで胸の奥がきゅんとする。
しかしながら、ジャックさんを困らせるというのはなかなか難しい。大概のことは軽くあしらわれてしまうし、『困りましたねぇ』なんて言いながら全然困ってなさそうなことだって多い。むしろ彼がそんなことを言っているときは大体楽しそうにしている気がする。
一緒に話していることも多いジョゼフさんなら何かいい案があるんじゃないかと思って聞きに来たけれど、特に思い浮かぶことはないとのことだ。まあ確かに、そんなの知ってたら自分で実践していることだろう。彼はジャックさんに振り回されていることもまあまあ多いし、仕返しのような感じで。
それじゃあ次はルキノさん、いや、ジョーカーさんでもいいな、なんてことを考えていたら、「あ、そうだ」と声が上がる。
「何かあるんですか?」
「確証はないんだけどね。君が言えばもしかしたら、くらいのことだよ」
「全然構いませんよ! 数を重ねることが大事なんですから!」
「……君はその熱量を少しでもゲームに向けるべきだね」
やれやれとでも言いたげなジョゼフさんに曖昧な笑みを返す。ゲームのことについては今は関係ないので何も言わないでほしい。優鬼のしすぎで若干ペナルティ的なあれがそれだなんてことは私が一番分かっている。閑話休題。
それで一体何なのか、と聞けば、「協力狩りに行きたいと言ってみればいい」とのことだった。
「……それだけですか?」
「うん。とめられても駄々捏ねてれば多分困るんじゃないかな」
「駄々捏ねるって……うーん、困ってくれるビジョンが見えないんですけど……とりあえずやってみますね」
正直そんなことでジャックさんが困るとは思えないのだけれど、折角教えてもらったのだし試してみるくらいはしてもいいだろうと頷く。別れ際、ジョゼフさんは「まあ、頑張って」と軽く手を振っていた。
というか、協力狩りに行こうと誘ったら困るってそれ、私が一緒だとボロ負けするかもしれないからとかなのでは。……いや、深く考えるのはやめておこう。ひとまずやってみないことには始まらない。ジャックさんを探すべく、彼のいそうなところへ足を向けた。
「あ、いた! ジャックさん~!」
中庭をゆったりと歩いているジャックさんを見つけて駆け寄る。今日は銀のテンタクルだ。この姿だと普段の数倍きらきらしている気がする。
「おや、さんじゃないですか。丁度これから部屋に戻って紅茶を淹れようと思っていたんですが、どうです?」
「いいんですか? ぜひ――じゃなくて、今日はお願いがありまして!」
思わず当初の目的を忘れてしまうところだった。危ない。
私の言葉を聞いたジャックさんは「お願い?」と首を傾げている。はい、とひとつ頷いて、彼を見上げた。
「あのですね、私、協力狩りに行ってみたくて――」
「駄目です」
「えっ」
間髪入れずに返ってきた声に思わず目を瞬く。私まだほとんど何も言ってないのに。「でも」と引き下がれば、頬が不思議な感触の左手に包まれる。普段サバイバーを攻撃するのに使われているはずのそれはただむにむにと私の頬を弄んでいる。ひんやりとしていて気持ちいい。
「貴女、サバイバーからの攻撃に弱いでしょう。あれは向いていませんよ」
「やだ。ジャックさんと協力狩り行きたい」
「『やだ』ではありません。……そもそもさんはいつもゲームに積極的ではないじゃないですか。どうしたんですか突然」
私は外在特質のせいで他のハンターと比べると攻撃されたときの気絶時間が長い。だからというわけでもないけれど、ゲームは苦手だ。ジャックさんもそれはよく知っている。
ううん、これは困っているというより、嫌がっていると言った方が正しいのではないだろうか。ジャックさんはちゃんとやるからには勝ちたいだろうし、普段から真面目にゲームに臨んでいない私と組んでも仕方ないというのは理解できる。
何故か私への精神的ダメージが蓄積されている気がするけれど、ジョゼフさんは『駄々を捏ねろ』と言っていたしもう少しだけ粘ってみよう。駄目そうならまた他の手を考えればいい。
「どうしても行きたいんです。ジャックさんが行ってくれないなら他の誰かに頼んで――っ、」
「……聞き分けのないレディですね」
肩に置かれた手に力が入り、ほんの少し痛みが走った。零れ落ちた声はどこか冷えている、のだけれど、でも、なんだかこれは。
「……ジャックさん、今困ってます?」
「はい? ……さん、貴女ねぇ……」
大きな溜め息と共にそんな声が吐き出される。そこには確かに私の求めていたものが乗せられていた。それが嬉しくてつい笑みを浮かべてしまう。「何笑ってるんですか」と頬を引っ張られた。ジャックさんがかわいい。
ちょっと思っていたのとは違ったけれど、どうやら一応困らせるのには成功したようだ。ジョゼフさんには今度何かお礼をしなければ。
「おかしいとは思っていましたが、他に何かなかったんです?」
「これが駄目ならまた別の方法を考えようと思ってました。正直、これで困ってくれるのは意外で……ねえジャックさん、どうして――ひゃっ!?」
理由を聞こうとした瞬間、かぷ、と首筋に噛み付かれて背中がぞくりとした。
「じゃ、ジャックさん? 何をして、っぃ……!?」
何もできずに固まっていたら思い切り歯を立てられた。痛い。
血が滲んでいるであろうそこをジャックさんの舌が這う。ぴりぴりとして痛いはずなのだけれどそれと同時になんだか変な感じがして、思わず零れかけた声をどうにか堪えた。今、絶対顔が真っ赤になっていると思う。
こちらを見下ろしてくすくすと笑うジャックさんは、もう既にいつもの調子に戻ってしまったようだ。
「そうですね……私以外の手で貴女に傷が付くのは嫌なので、とでも言っておきましょうか」
「……えっ?」
愉しげにこちらを覗き込む彼の真意は分からない。けれどこれって、少しくらい自惚れてもいいのだろうか。
2020.09.26
サイト掲載 2020.09.28
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