大きな尻尾が、目の前で揺れている。ゆらりゆらり、ゆっくりと不規則に動くそれは、きっと無意識なのだろう。
尻尾の持ち主であるルキノさんは、私が彼の膝で寝ている間も本を読んでいたようだ。私が起きたことに気が付いた彼は一度私の方を見下ろして優しく頭を撫でたかと思うと、再び本の方に目を向けてしまう。今日の彼はずっとこうだ。
別に一緒に何かをする約束をしていたわけでもないし、ルキノさんの横顔を眺めているのは好きだから、最初は横に座って大人しく彼を観察していた。
少し経って、彼が真剣に追っている文字はどんな内容を記しているのだろうと本を覗いてみたけれど、私の知らない言葉ばかりが並んでいて何も分からなかった。私にも分かるものなら一緒に読んで感想を共有することもできたかもしれないのに。
そんなことを考えながらルキノさんの膝に頭を乗せて、そのままうっかり眠ってしまっていた。
変わらず本に視線を向けている彼をじっと見つめてもその瞳は私を映さない。少しだけ寂しい気持ちになって、彼のお腹に顔を埋めるようにして抱きついてみる。
大きなてのひらが再び私の頭に乗せられたけれど、やっぱり視線は落ちてこない。
……もう少し、構ってくれたって。そんな自分勝手な考えが浮かんでしまって、いけないいけないと頭を振った。ルキノさんの時間を邪魔しに来たのは私なのだ。こうして傍にいることを許されているだけでもありがたいと思わないといけないのに。
それでもやっぱり、寂しいものは寂しい。腰に回した腕をほどいて、彼から体を離す。ゆらゆらと揺れている尻尾が丁度いい位置にあったから、そっと唇で触れてみた。
一瞬だけ尻尾の動きが止まったけれど、すぐ元の通りに動き出す。きっと、私が何をしたところで今の彼は気にも留めないのだろう。
彼の邪魔をしたくないという理性的な私と、彼にこちらを見てほしいという子供のような私が私の中で喧嘩をしている。感情がぐちゃぐちゃになって、どうしたらいいか分からない。
傍にいられるだけでいい。こっちを見てほしい。彼を見ているだけで幸せ。もっと構ってほしい。ルキノさんの時間を邪魔したくない。本ばかり見ていないで。
「……すき、」
零れ落ちた声を隠すように、もう一度尻尾にくちづける。
ぱたん、と、本が閉じられた音がいやに大きく聞こえた。全部読み終わったのだろうか。それとも、やっぱり私が邪魔だったのだろうか。
ルキノさんの方を見られずにいると、不意に体が浮かんで変な声が出た。
向かい合わせになるように膝の上に乗せられる。おそるおそるルキノさんの顔を窺うと、彼は少し困ったような、けれどどこかいたずらっぽい表情で笑っていた。
「あまり可愛らしいことをしないでくれ、gattina」
そう口にした彼は、軽く私の額に唇を落とす。
「……ごめんなさい」
「いや、謝るのは私の方だ。キミがあまりにもいじらしいものだから、つい意地悪をしてしまった」
それはつまり、わざと本ばかり見ていたということなのだろうか。いや、でも、半分以上は本当に読書がしたかったんじゃないかと思うけれど。
でも、ルキノさんが構ってくれるというのなら、お言葉に甘えてしまおう。ぎゅう、と広い背中に腕を回して抱きつけば、彼は軽く息を吐き出して笑った。
「もう少しくらい自己主張が激しくても、私は気にしませんよ」
柔らかく髪を撫でていた手が頬を滑り、その手に僅かな力が加わる。されるがままに上を向くとルキノさんの顔が近付いてきたから慌てて目を閉じた。
彼がくすりと笑ったのを感じた直後、唇同士が触れ合った。優しく触れるだけのくちづけはとても心地良くて、それだけで先程までのもやもやが消えていく。
ずっとこんな時間が続けばいいのに、なんてことを思いながら、彼の背中に回した腕に力を込めた。
2020.09.22
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