ルキノ・ディルシは基本的にゲームにおいて手を抜くことはない。様々な要因が重なり結果的に試合を放棄することとなったり意図的に引き分けにしたり、といったこともあることにはあるが、頻度は然程高くないと言える。
 そんな彼は今回のゲームも極めて真面目に、勝利を収めるつもりで臨んでいた。――はずだった。
「…………」
 ルキノの目の前でその身を縮め息を潜めているサバイバーは、先日新たにこの荘園へやってきた女性である。彼女は解読を得意とする代わりにあまりチェイス向きの能力を持っておらず、最初に彼女を見つけることができたのはハンターにとっては非常に『おいしい』展開だ。普段のルキノであればそれが初心者だろうと構わず、幸運だったとそのままチェイスに入ったことだろう。
 しかし、目の前の彼女は隠れながら端末――位置や情報を仲間に伝えるものだろう――を操作したかと思うとルキノの様子をちらりと窺い、すぐに目を逸らして少しずつ距離を取ろうとしている。それはまあ良い。隠密してハンターの足止めをするというのも立派な戦略の一つだ。問題は、それがルキノから丸見えであるということだった。
 本人は隠れているつもりなのだろうが、はっきり言って何も隠れていない。隠れたつもりで体の一部が見えてしまっているという初心者にありがちなものではなく完全に全身が見える状態で蹲っているその様子は、ともすれば利敵行為ともとれてしまうくらいだ。
 それでも、こちらを警戒しながら静かに離れようとしている彼女の姿は真剣で、とても仲間を陥れようとしているとは思えなかった。
 ルキノはハンターである。それについて自分なりの矜恃を持っているし、サバイバーには恐れられる存在であるべきだと、サバイバーと接する時は常に『ハンター』として振る舞うように心掛けていた。
 相手が初心者だろうがそれは変わらない。自分はいつも通り『狩る』だけだ、と、数秒前までは彼もそう考えていたのだが。目の前の彼女の有様に、彼本来の気質がハンターとしての彼を思い留まらせた。
「……ハァ……ハンターが聞いて呆れる」
「っ……!」
 溜め息と共に吐き出されたルキノの声に、彼女の肩が跳ね上がる。まさか、本当に今の今まで見つかっていないと思っていたのだろうか。……いや、思っていたのだろう、この反応は。
「……キミはもう少し隠密というものについて仲間から学んだ方がいい」
 言葉が通じていないのは百も承知で、そう彼女に語りかける。逃げようとしたらしい彼女は立ち上がりかけたのをルキノの声で中断し、その姿勢のまま不思議そうな目を彼に向けた。そんな彼女にルキノはまたひとつ息を吐いた。
「話しかけた私が言うことではないが……ハンターに声をかけられたくらいで動きを止めるのも感心しない。危機意識というものが欠如している。もっと警戒心を持つべきだ」
 一向に攻撃を加えてこようとしないルキノに敵意が無いと思ったのかそろりと近寄ろうとしてくるのを、手近にあった木箱にナイフを突き立てることで牽制する。軽く飛び上がった彼女は素早く板の後ろに引っ込んでいった。
「……今回だけですよ」
 そう言い残して、ルキノは彼女に背を向ける。おそらく既に他の暗号機は上がりかけだし、これから他のサバイバーを探してゲームを続けるというのも気が乗らない。
 サバイバーがいないであろう方向へ向かっているというのにいつまで経っても耳鳴りが消えず、不審に思ったルキノが後ろを向けば木の後ろに彼女が隠れるのが見えて彼は思わず眉根を寄せた。
「解読をしなさい」
 色々と言いたいことを堪えて近くの暗号機を指せば、意図が伝わったのか彼女はそちらに走っていき大人しく解読を始めた。彼女がついてきていないことを確かめながら、ルキノはその場を後にする。
 あそこで見逃したのは失敗だっただろうか、いやしかしさすがにあれは、と心中で悩みつつステージの端へと足を進める。通電を知らせる音を聞きながら、どうするのが正解だったのかとルキノは自問し続けていた。





2020.09.21
サイト掲載 2020.09.22



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