「――何でも、ね」
 す、と彼の瞳が細くなり、周囲の温度が心なしか下がったような気がした。肌を撫でる空気はどこかぴりぴりとした刺激を孕んでいる。先程まではとても穏やかな雰囲気だった、はず、なのだけれど。
 ルキノさんは、協力狩りの最後で一人取り残されて好き勝手に弄ばれていた私を助けてくれたのだ。元々ゲーム外でも会話をすることが多いし、個人的に彼のことは結構好きだった。だから、お礼の言葉に『私にできることがあれば何でもします』なんてことを付け加えたのである。
 しかし彼はそれを聞いて瞳を暗くした。ほんの少し混じった下心に気付かれたのかと思ったけれど、おそらくそちらの方がいくらか良かったのではなかろうか。こちらを見下ろす視線は普段の彼が向けてくるものとは全く違う。下手をすればゲーム中のそれよりも、重くて、痛い。
「そのような言葉を軽々しく口にするものではないな。私がもしキミではどうしようもないことを望んだらどうするつもりだ?」
「そ、れは――」
 確かに、ルキノさんの言う通りだ。何でも、なんて言っておいて、本当に彼の言うこと全てを叶えられるのかどうかは保障できない。彼はそんなに無茶なことを言わないだろうと半ば確信していたのもあるけれど、そんなものは私の思い込みに過ぎない。軽い気持ちで無責任なことを口にしてしまった自分が恥ずかしくなる。
「……仮に、『お前が欲しい』『私にその身を捧げてくれ』と望んだのなら、その通りにしてくれるのか? 無いだろう、そんな覚悟は」
「ルキノ、さん……?」
「たくさんだ、そんな戯言は」
 吐き捨てるように、ルキノさんはそう呟いた。
 冷たく光る瞳の奥で何かが揺らめいた気がして、思わず彼の手を取る。少しだけ丸くなった目をじっと見つめて、握った手に力を込めた。
「もし身を捧げろと言うのなら、喜んで差し出します。労働力としてでも、実験体としてでも、お好きなようにこの身体を使ってください」
 ほとんど無意識に滑り落ちていたそんな言葉に一瞬呆気に取られたような顔をしたあと、ルキノさんはぎゅうと眉根を寄せた。「何を馬鹿なことを」と零された声色からは彼の感情は読み取れない。
「今のはものの例えだ。……キミにそんなことは望みませんよ」
 難しい顔のまま、彼はひとつ息を吐く。纏った冷たさは僅かに和らいで、今はどちらかというと呆れの色が強いように思えた。
 ――別に、ルキノさんになら身体を捧げたって構わないのに。
 彼のことだ、そんなに非道なことはしないだろうし、きっと休みなく重労働をさせるなんてこともないだろう。これも私の憶測というか、彼にはこうあってほしいというような身勝手な理想ではあるけれど。
「疲れているだろう、早く部屋に戻りなさい。それから……二度と先程のようなことを口にしないように。私にも、他の者にも」
 やんわりと握った手を離され、この場を立ち去るよう促される。そうされて頑なに居座ろうとするほど私の精神は太くない。改めてゲームでのお礼と挨拶をして、彼に背を向ける。
 『先程のようなこと』がどちらを指して言ったものなのか、それを聞くことはできなかった。





2020.09.17
サイト掲載 2020.09.20



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