そんな特質、聞いてない!
ミニハンターの設定が特殊です。≠サバイバーペット。
何でも許せる方のみどうぞ。
近頃、サバイバーの間で妙な噂が流れている。それは『ハンターを小さくしたような姿の生き物がいる』というものだ。
ある者は『小さな道化師が廊下を走っているのを見た』と話し、またある者は『後ろから近付こうとしたら傘で逃げられた』と口にした。大きさはショップに並んでいるペットと同じくらいだという。
それらはこれまでに少なくとも四種類ほど目撃されているが、未だ間近でその存在を確認できたという者はいない。罠を仕掛けてみようか、などという声も上がったのだが、実際にハンターと関わりがあるのなら自分たちの身が危なくなるかもしれないだろうと却下されていた。
ただそこまで興味を示しているサバイバーは一握りで、見かけたら気にはなるが自分に害が無いのならどうでもいいという者が大半である。現在中庭の大きな木の前で固まっているも、どちらかと言えば後者に近いはずだった。
「ち、小さい、ルキノさん……?」
天気がいいからと中庭で本を読んでいたが視界の端で動く何かに腰を上げ、足を向けた先に『それ』はいた。小さな手に蜥蜴を握り締め大きな瞳でを見上げるその姿は、彼女が密かに想いを寄せているハンターである魔トカゲに限りなく近い。本物と比べるとかなり愛らしい見た目ではあるが。
その場で見つめ合うこと数秒、先に動いたのは小さな生き物の方だった。弾むように飛び跳ねてその場を後にしようとするそれ――彼に、は思わず「待って!」と声を上げる。
突然大声を出したら余計逃げてしまうだろうと後悔しかけた彼女の予想に反して、彼はぴたりと足を止めて窺うように彼女を見た。思いもよらぬ反応に彼女は目を瞬く。
(……言葉が、通じてる……?)
つい言葉を投げてはしまったがもこの生き物に言葉が通じるとは思っていなかった。大きな声に驚いて動きを止めた、という可能性も低くはないが、そうだったとしたらすぐにまた動き出し逃げるのが普通だろう。その場に留まり、かつ次の言葉を待つかのように自分を見つめているなど到底ありえるものではない。
ペットが人間と生活を共にする中で簡単な言葉を理解するようになった、という話は稀に耳にするが、そういったものだろうか。そうだとしたらやはりハンターたちと関わりがありそうだ、とは考える。
(ハンターのペットなのかな……いや、でもルキノさんからそんな話は聞いたことがないし……そもそもここまで自分たちに似てる生き物をペットとして飼うってある……?)
ぐるぐると考えを巡らせるを見つめている彼の尻尾がゆらりと揺れる。それを視認した彼女は我に返り、つぶらな瞳と視線を合わせた。
これまでに似たような生き物を目撃した者は皆近付く前に逃げられてしまったと聞く。だというのに、目の前の存在はの言葉に反応して言葉を待ってくれているのだ。
捕まえて何をしようというつもりもないが、この小さな生き物と触れ合えることなどそうないだろう。
「えっと、その、一緒にお話――じゃなくて、ううん……日向ぼっことか、どうかなって……」
言いながら、自分は何を言っているんだとは自身に呆れてしまった。先程の一言が通じたかもしれないとはいえさすがにこれは、とどんどん声が小さくなる。こんなところを誰かに見られたら『おかしくなった』と思われても仕方がない。
だが、またしても目の前の生き物は彼女が想定していない反応を返した。
目をぱちぱちと瞬かせたかと思うと、何やら考え込むような仕草をし始めたのだ。彼が手元の蜥蜴にちらりと目をやったのを見て、は「ち、ちょっと待っててね!」と室内へと繋がる扉へ姿を消す。
一分も経たない内に戻って来た彼女は、変わらずそこに立っていた彼を見て安堵の表情を浮かべた。彼の前にしゃがみ込み、手に持った小さな籠をそっと差し出す。
「あの、よかったらそのトカゲちゃん、これに……」
籠とを交互に見遣った彼は、その中に蜥蜴を入れると丁寧に籠の口を閉めた。慣れたような手つきには感嘆してしまった。
ベンチの方へと誘導すれば彼はぴょこぴょこと跳ねながらついてくる。その可愛らしさに呻き声が零れそうなのをぐっと堪え、ベンチに腰掛けた。間に蜥蜴の入った籠を挟んで、彼もそこによじ登る。は口元がゆるんでしまうのをどうにか耐えた。
「……君は、ルキノさんのペット?」
先程のやり取りでかなり正確に意思の疎通ができていると判断し、そう話しかける。の言葉を受けた彼は何とも言い難い表情をしたかと思うと、ふるりと首を振った。
やはりペットではなかったらしい。だとするとこの生き物は一体何なのか、と、の疑問は深まるばかりだ。
「そっか……私の言ってることが分かるみたいだけど、君は喋れるの?」
その質問に再び首を振ると、彼は蛇が威嚇をする時のような音を出した。その様子にはなるほどと頷く。理解はしているが、言葉を交わすことはできないようだ。少し残念な気持ちになりながら「ルキノさんのことは知ってる?」と聞けば、彼は少し迷うような素振りをしたあとに小さく頷いた。
それを見ては頭の中で考えを整理する。ペットではないにしろオリジナル――と表現するのが適切なのかは定かではないが――であるルキノとは何らかの形で繋がっているということか。
ここまで自身に似ていて、かつ話せないとはいえ知能も高いとなると彼もさぞ興味をかき立てられたことだろう。と、そこまで考えた彼女ははっとして自分を見上げる小さな体を持ち上げる。
「も、もしかして色々実験されたりしてない……!? さすがに解剖まではしな――しないと、思いたいけど……こう、血を抜かれたりとか……」
心底焦ったような顔で矢継ぎ早にそう尋ねるに彼は数度まばたきをしたかと思うと、何か言いたげな色をその瞳に乗せながらゆるく首を振った。その返事には胸を撫で下ろす。
にはルキノがする事に口を出すつもりも権利も無いが、さすがにこの賢く可愛らしい生き物が実験体となっているのは想像したくなかった。いくら自分に似ていようと、知識欲が服を着て歩いていると言っても過言ではない彼ならば色々とやりかねない。彼のそういうところもは好んでいるのだが。
ひとまず何もされてはいないようで安心した、と一息ついたの腕の中で、彼が何やらうごうごと手足を動かしている。
「あっ……ご、ごめんね、知らない人に抱っこされるの嫌だよね」
はつい抱きしめてしまっていた彼を解放した。さすがに逃げられてしまうかとも思ったが彼はそのままちょこんと彼女の横に座っている。どうやら抱っこがお気に召さなかっただけらしい。
籠の中の蜥蜴を観察している彼の様子を眺め、彼女はその微笑ましい光景につい口端を持ち上げる。ルキノに似て彼も爬虫類が好きなのだろうか。
「ふふ、かわいい」
そう呟いたは無意識に手を伸ばし軽くその頭を撫でる。肩を揺らした彼がを見上げ、そこでようやく彼女は自分が彼の頭に手を置いていることに気が付いた。
しまった、と言わんばかりの表情をしてそのまま動きを止めた彼女をしばらく見つめていた彼は、特に手を払いのけるでもなくふいと目を逸らした。
『好きにしろ』とでも言うかのような仕草に、は様子を窺いつつ撫でるのを再開させてみる。ぱたりと尻尾が動いたが、抱き上げた時とは違い拒否はされていないようだ。
そんな彼の様子にほっとしたは、拒まれないのをいいことにそのまま丸い頭を優しく撫で続ける。親指で眉間の辺りをそっとさすると、彼は心地よさそうに目を細めた。今すぐ抱き上げて頬擦りをしたい衝動を押し留めながら、探るように手を動かす。
「わ……この辺ぷにぷにしてる……」
撫でる場所を少しずつ変えていたが、今度は耳の下を指先でくすぐる。他の部位より幾分柔らかい感触に心を奪われ、つい夢中になって指を滑らせているとぺちりと小さな手が彼女の手に乗った。
「ごめんね、嫌だった?」
やりすぎた、と内心で反省しつつ手を引っ込める。が撫でていたのは首の周辺であったし、急所であるそこに触れられるのを本能的に避けるのは当然だろう。
だが彼の反応はただ厭わしさから拒否をした、というものとは少し違っているようにも思えた。どちらかというと戸惑っているような、困っているような表情だ。あくまでにはそう見える、というだけではあるが。
行き場をなくした手をしばらく空中でうろつかせ、おとなしく膝の上に戻す。そんな彼女の動きを目で追っていた彼は彼女の傍に置かれている本に目を留めた。その視線に気が付いたが笑みを浮かべて「これ?」と本を持ち上げる。
「これはね、この前ルキノさんからおすすめしてもらったの。ちょっと難しいんだけど、引き込まれちゃうっていうか……すごく面白いお話なんだよ」
言いながら、そっと本の表紙を撫でる。
「おすすめの本はありますかって聞いてはみたけど、ルキノさんはこういう……なんていうのかな、娯楽を目的とした本? には興味ないかなって思ってたから、ちょっとびっくりしちゃった」
そう口にして小さく笑ったは一度きょろりと辺りを見回し、「今のはルキノさんには内緒ね」と人差し指を唇の前に立ててみせた。頷いた彼の頭を再び撫でる。頷く前に一瞬だけ彼の視線が泳いだ気がしたが、おそらく気のせいだろうと彼女は気に留めなかった。
一人と一匹は穏やかに会話――と言っても、喋っているのは彼女だけだが――を続ける。普段であればそれなりに人影もある中庭には、珍しく誰もやって来る気配がない。
「……ルキノさん、今何してるのかな……」
ふと、がそんな言葉を零す。きょとんとした顔で彼女を見上げる彼に、彼女ははにかんだような表情を浮かべた。
「この本もう少しで読み終わるし、お礼ついでに感想とかお話しできたらなあと思って。ルキノさん、研究してたりで全然会えないことも多いから……」
彼女が言うことに納得したように頷いた彼が、ふむと顎に手を当てる。その動作がルキノそっくりで、『かわいい!』と内心で叫んだはゆるみを抑えることのできない口元を静かに覆い隠した。
しばらくそのまま見つめていると、彼は辺りに落ちていた枝を拾い、がりがりと地面を削って何かを書き始めた。そこに並んだ数字を見ては小さく首を傾げる。
「ええと……? あ、もしかして……ここに書かれてる日ならルキノさんが時間を取れる、とか……?」
まさかそんなことは、と思いながらもそう聞いてみると、彼は肯定の意を示した。なんとこの小さな生き物はルキノのスケジュールまで把握しているらしい。「君は本当に賢いんだね」とは目を数度瞬いた。初めはペットのようなものかと思っていたが、これではまるで助手か何かのようだ。
しかしルキノの予定を知ることができたはいいものの、と、は頭を悩ませる。時間が空いているということと人と会って話ができるということは必ずしも同義ではない。彼も研究の手を休めて一人でゆっくりしたい、と考えているかもしれない。
そもそも、自分はこの本について話をしたいと思っているが彼はそうではない可能性だって大いにある。『おすすめを聞かれたから答えただけで、感想を言うために押しかけられても困る』なんて言われた日にはは立ち直れない。ルキノのことだから、さすがにそこまで直接的な言葉が飛んでくることはおそらくないだろうが。
「ルキノさん優しいからなぁ……」
溜め息まじりに吐き出された声に、突然どうした、というような目が向けられる。は訝しげな顔をしている彼の頭を軽く撫で、眉尻を下げた。
「だって、サバイバーの私のこともなんだかんだで相手してくれるし、お茶に誘ってくれることもあるし、ゲーム外ではいつだって紳士的だし……だからもし私が急に押しかけてきて迷惑だと思っても、多分付き合ってくれちゃうんじゃないかなって」
は瞳を仄かに翳らせ薄く笑む。どこか複雑そうな表情をしながらも頭の上に乗ったの手に自らのそれを重ねる彼が愛らしく、くすりと息が零れた。
少しだけ慌てたような仕草のそれは、おそらく慰めようとでもしてくれているのだろう。彼も、ルキノに似て優しい。
「ふふ、大丈夫だよ。……そういうところも含めて、私はルキノさんが好きなの」
丸い頭をひと撫でして手を引いた彼女はそう口にすると照れたように彼から目を逸らし、「だからこそ迷惑はかけたくなくて」と彼女は続ける。
不意に、彼女たちが腰掛けているベンチが軋んだ。
「あっ、今のもルキノさんには内、しょ――」
ぱっと顔を上げて彼に目を向けたの紡ごうとした言葉が口の中で溶ける。そこにいたのは、先ほどまで会話をしていた小さな『彼』ではなかった。
呆けたように目を瞠り、動くこともせずに彼女を見つめるその姿は紛れもなく『本物』のルキノである。混乱のあまりは音を発さず口を開閉させることしかできなかった。
そのまま見つめ合い数秒か数分か、ようやく彼女の喉が声の出し方を思い出す。
「ぇ、……? えっ……る、きの、さん……? なんで、」
「……すまない。その、なんだ……騙すようなつもりではなかったんだが……」
目を白黒させる彼女にばつの悪そうな表情を浮かべたルキノが口を開く。
回らない頭を必死に働かせて、は状況を理解しようと試みる。
今まで自分は小さな彼と話をしていて、気が付いたら同じ場所にルキノがいて。『騙すようなつもりではなかった』と彼は言った。自分が小さな彼に聞いたのは『ルキノのペットなのか』『ルキノを知っているか』ということだけ。それに対する彼の答えは、おそらく、嘘ではないが正確でもなかった。質問が違えば、彼は正しく自分に状況を伝えることができたのだろう。
何故こんな簡単なことに気付かなかったのか、と、の口からは乾いた笑いが零れ落ちる。――小さな『彼』は、彼だった。ただそれだけのことだ。
「、っ……!」
その事実を理解した瞬間、彼女の顔がぶわりと赤く染まる。自分が『彼』に何を言ったか、何をしたか、その全てが鮮明に脳裏を駆け巡り、その中の『彼』と目の前の彼が置き換わっていく。
ベンチがひっくり返りそうな勢いで立ち上がった彼女に、ルキノは再びまじろいだ。
「す、みません、ルキノさん、……私、……っ、失礼します……!」
「サン、」
脱兎のごとく駆け出し、は中庭を後にする。出て行く際勢い余って扉に頭をぶつけた彼女にルキノが声を掛けたが、最早それどころではない。今すぐにこの場を立ち去るのが現在の彼女にとっての最優先事項だった。
蜥蜴の入った籠の横にぽつんと置き去りにされた本のことを彼女が思い出すのは、自室のベッドに飛び込んだ後のことだ。
2020.10.25
サイト掲載 2020.10.29
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