「――で、ちょっかいをかけに行ったはいいけどあてられて戻ってきたと」
「意味が分からなくないですか? 何なんですかあの二人」
 ゆったりとソファに腰かけてアルバムを眺めているジョゼフがおかしそうに喉を鳴らした。同じように座るジャックは背もたれに身体を預け、天井を仰ぐような体勢になっている。ジョゼフとは対照的にひどく疲れた様子だ。
 それもこれも、先程のルキノとによる茶番のせいである。ジャックも本当に彼らがカスタム戦にこもって『他人には言えないようなこと』をしているなどとは微塵も思っていなかった。ただ単に面白そうだから少しからかってやろうと、そのくらいの軽い気持ちだったのだ。それがまさかあのようなやり取りを見せられる羽目になるとは。とんだ骨折り損だ。
「はー……本当に意味が分からない。理解に苦しむ。何故私がこんな目に合わなければならないんですかね」
「自業自得って知ってる?」
 ぶつくさと呟き続けるジャックを呆れたように見やり、ジョゼフは肩をすくめた。
「というか、ルキノさんがあんな頭悪そうなこと言うと思いませんでした。やはりご立派な学者先生でも恋人のこととなると頭のネジが緩むんですかね。あの人は爬虫類のことでもだいぶネジ飛びますけど」
「うん? あの二人は別に恋人同士ではなかったと思うよ」
 通信機を切られたあともどうなるのかと面白半分で見ていたのだが、およそ普段の彼からは出てこないであろう屁理屈を並べ立てるルキノにはさすがのジャックも驚いた。声が届かないにも関わらず画面の前で「そんなことあります?」などと口にしてしまう程度には。
 もしも日常生活の中でジャックがあれと同じような内容の発言をしようものなら彼はおそらく理解できないものを見る目を向けてくるし、考える素振りも見せずにその意見を却下するだろう。ルキノの思考を完璧に理解しているわけではないジャックでも容易にその場面を想像できる。それほどまでにあの発言は突拍子もなかった。
 てっきり落ち込む恋人を何とかして元気にしてやろうという思いからあんなことを言ったものだと思っていたジャックは、ジョゼフの発言に目を剥いた。恋人同士であるならばあのやり取りもまだ百歩譲って理解できないこともないかもしれない。しかし考えていた関係性ではないと否定され、あの二人の言動はジャックの理解の範疇を超えた。思わず「はぁ?」という声が零れ落ちる。
「あれで恋仲じゃないって嘘でしょう。自己犠牲の塊みたいな発言にいっそ恐怖すら覚えましたよ私は。いや恋仲だったとしてもそれはそれで薄ら寒いことには変わりないんですけど」
「愛情の形というものは人それぞれだからね。君にはわからないだろうけど」
「えぇ……ジョゼフさんあれが理解できる側なんですか……? こわ……ジョゼフさんのことはわりと信頼していたのに……」
「どういう意味の信頼なんだそれは」
 ジャックの言葉に顔をしかめるジョゼフは『心外だ』と言わんばかりである。「私にだって、少なくとも君よりは人の心があるよ」と返されたジャックは「失礼ですね」と背もたれに預けていた頭を持ち上げたが、ジョゼフの言葉も強ち間違ってもいないと再び首の力を抜いた。人の心など、愛情など、自分には理解できないし必要もない。
「早く明日になりませんかね。サバイバーを切り裂いて気分を上げないとやってられませんよ」
「……本当、そういうところだよ。ジャック」
 物言いたげな視線と共に飛んできた声に返事をすることもなく、ジャックは深く溜め息をついて指先の刃を擦り合わせた。





2020.07.19



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