何でもない日を君と
赤の教会を見て回り、昼食を挟んで軍需工場と聖心病院の確認も終えた二人は、黄金の石窟へとやって来ていた。通信機から聞こえる『……岩と壁……』というの声にルキノは思わずふっと息を漏らした。どうやら彼女は地上にいるようだ。
「クン。小屋以外だと正確な位置を伝えるのは難しいでしょうから、とりあえず近くの暗号機の解読をしていてください。私が揺れを見てそちらに行こう」
『わかりました――わ、箱にいっぱい石が詰まってる……! 綺麗だなぁ……持ち帰れたらよかったのに……』
残念がる彼女の声を聞きながら梯子に足を掛ける。地上に出て少し歩いたところで耳鳴りがし始めたためルキノはぐるりと周囲を見渡し、暗号機の位置を確認した。まだ揺れてはいないがおそらくあれだろうと目星を付けて地面を蹴り壁の向こうへ着地すると「きゃあ!?」と小さな声が耳に入る。どうやら予想は当たっていたようだ。
「び、びっくりした……まだ解読し始めたばかりだったんですけど、もう揺れてました?」
「いや、耳鳴りがし始めた位置と他の暗号機の場所からおそらくここだろうと。通常のゲームならばどこかに身を潜めているという可能性もあるだろうが、今はキミが暗号機のところにいると分かっていましたからね」
「なるほど……」
は得心した様子で頷き、「教授が来るの早かったし、この辺りから始まった時は隠れてた方がいいのかなぁ」と周囲を見回している。どうやら景色を覚えようとしているようだ。暫くそうしていたかと思うと、彼女は渋い顔をした後「……それじゃあ早速行きましょうか!」とルキノを見上げた。このステージは他のハンターも覚えにくいと言っていたし、彼女が諦めるのも無理はない。そう思いつつも、『触れてくれるな』という空気を醸し出しながら何事もなかったかのように振る舞うにルキノはこみ上げる笑いを咳払いでごまかした。
何か言いたげにルキノの顔を見つめてくる彼女へ手を差し出せばその目が丸くなる。
「え、あの、教授……?」
「ウン? あァ、ほら、昔のことを思い出してね。似たようなことがあったでしょう?」
「あれは忘れてください……」
頬を染めたが視線を逸らすのが可愛らしく、ひっそりと笑みをこぼす。
「……しかし、よく考えたら今の私ではうっかりキミの手を傷付けかねないな。あの時とは違って場所を知らせることもできますし――クン?」
「? あ、えっ……ええと、これは、その――」
自身の手に目を留めたルキノはそう呟いて手を引っ込めようとしたのだが、それを引き止めるように小さな力が加わったことに気が付き視線を落とした。見れば彼の指先をが掴んでいる。ルキノに怪訝な顔を向けられた彼女は、同じように視線を下に向けて慌てたようにその手を離し、しかしすぐにまたそっと握り直した。
「……これなら、そんな心配も……ないと……思うんですけど……」
言い訳をするように言葉を重ねるの声は徐々に小さくなっていく。確かにこの状態ならば力加減を誤って彼女の手を握り潰してしまうこともないし、鋭い爪で傷を付けてしまう可能性も低いだろう。元々そんなことをするつもりはないが万が一ということもある。
こちらの様子を窺うように視線を送ってくるを見て、昔とは逆だな、とルキノは密かに笑った。あの時は自分が強引に彼女の手を取ったと記憶している。
「キミが良いのならそれで構いませんよ。爪の先で怪我をしないようにだけ気を付けるように」
「! は、はい!」
顔を綻ばせたが、ルキノの人差し指を握る手に力を込めた。
小さく笑みを浮かべて「では行きましょうか」と足を進めると、彼女も頷いてその後をついてくる。手を繋いでいるというわけではないため傍から見たら『蜥蜴人間を散歩させている飼い主』のような構図だなとルキノは喉を震わせた。突然笑い声を上げた彼を何かあったのかとが見上げたが、彼は何でもないと首を振った。彼女のことだ、そんな事を言えばこの手を離してしまうかもしれない。
彼女の歩幅に合わせてゆったりと足を動かしながら、ルキノは仄かに指先から伝わる熱の心地良さに口元を緩めた。
「地上は特にこれといった見所は有りませんが、このステージ特有のギミックのひとつがあって――あァ、これですね。トロッコというらしい」
「……手押し車? 乗れるんですか?」
「ええ、乗れますよ。サバイバーもハンターも普段のゲームで使うことはまずありませんが」
レールの上にぽつんと存在する乗り物をまじまじと眺めるは彼のその言葉に不思議そうな顔をした。ならば何故こんなものが、と言わんばかりである。ルキノもそれは常々思っているのだが、おそらくは月の河公園のメリーゴーランドと同様、『一応乗ることはできるが特に使い所はない』というお遊び要素のひとつなのだろう。面倒なステージだからとハンターがゲームを放棄し暇を持て余した際に乗るくらいしか用途が思い浮かばない。
ハンターは普通に追った方が早いということや乗っている時にダメージを受けると一撃でダウンしてしまうことを伝えれば、彼女はますます意味が分からないといった表情を浮かべた。気持ちは分かる、とルキノも頷く。
「まァ、『それらしさ』を演出する為の小道具だと思うが……乗ってみるかね?」
「そうですね……こういう時でないと乗る機会も無さそうですし、ちょっと乗ってみたいです」
観察しつつ周りを回ったり中を覗き込んだりしていたがルキノの提案に首を縦に振る。彼から乗り方についての助言を受け、少々手こずりながらもトロッコに乗り込んだ彼女は何やら複雑そうに眉根を寄せて小さく息を吐いた。
「私が鈍臭いだけな気もするんですけど、これ、乗ろうとするだけでも結構時間かかりますね……」
「慣れれば素早く乗れるようになりますよ」
「そういうものですかね……」
「何事も経験ですよクン。向き不向きはあるがね」
トロッコの前方に立つルキノに目の前のレバーを押してみろと言われたがレバーに手を掛ける。そのまま押そうとしたのだがなかなか動かないようで、全身を使うようにして勢いをつけている。力を入れる度に若干足が浮いているのを目にしたルキノが少しトロッコとの距離を詰めた。
「ん、っ……か、固いですね……っ、よい、しょ、っと――! 教授! 見ました!?」
「ああ。見ていたとも」
ギィ、と耳障りな音を立てながら進んだトロッコに嬉しそうな声を上げる。その喜びようが微笑ましく、ルキノは口元に弧を描いた。以前自分が試しに乗ってみた時は然程力が必要だった記憶は無いのだが、暫く使われていないせいで錆付きでもしていたのかもしれない。事実、彼女は「ちょっと動かしやすくなった気がします」と口にしながらレバーを動かしてトロッコを走らせている。
そうして数メートルの距離を進んだかと思うと、はレバーから手を離した。軽く拳を握ったり開いたりしているのを見るに、動かしていた手が痛くなったのだろう。滑り止めのようなものは巻いてあるが手への負担を軽減してくれるようなものではないし、素手で動かし続けるのは厳しいと思われる。こういった作業に不慣れならば尚更だ。
「面白いですけど、なかなか重労働ですねぇ」
しかし、ふにゃりと笑った彼女はルキノが予想していたよりもこの乗り物を楽しんでいるようだった。
「貸してみなさい」
少し奥の方へ詰めるように言い、ルキノもトロッコに乗り込む。は眼前で揺れる尻尾を数秒の間目で追っていたが、トロッコが動き出すのと同時に視線を周囲に巡らせた。
「わあ……! すごい、さっきより速いですね! やっぱりある程度力が必要――か、片手……」
「これでもハンターですからね」
先程自分が全体重をかけて動かしていたものをルキノが軽々と片手で扱っていることに衝撃を受けたのか、彼女は目を丸くする。その様子を横目で見たルキノは得意げに笑ってみせた。人間だった頃であればおそらくここまでの余裕はなかっただろう。しかし現在のルキノはハンターという圧倒的な身体能力を持つ存在である。この程度のことは造作もない。
「本来は一人乗りなんだが、まァこのくらいは許されるだろう」
「ふふ、怒られた時は一緒に反省文書きましょうね」
「共同執筆か。いいですね」
トロッコに揺られながら談笑していると、狭い坑道から開けた場所に出る。この先の下り坂は傾斜が大きく急加速するため、想定されていない乗り方をしている現在の状況は予想外の事故を引き起こすかもしれない。そう考えたルキノは坂に差し掛かる前にトロッコを停め、地面に降りた。
「ここからは歩いて行きましょう」
「はい――きゃっ!?」
「……大丈夫かね?」
彼女が降りるのに手を貸そうとした瞬間、がトロッコの縁にかけた足を滑らせてルキノの方へ倒れ込む。それなりに勢いがついていたにも関わらずルキノの身体はびくともせずに彼女を受け止め、跳ね返って後ろに倒れてしまわぬよう彼は咄嗟にその背中に手を回して身体を支えた。怪我は無いかと彼女に問うルキノは声色こそ普段と変わらないが、爪で彼女の顔を傷付けるようなことにならなくて良かったと内心胸を撫で下ろしていた。
一瞬何が起こったのか分からないといった顔をしていたが顔を上げ、ルキノとの距離の近さに気が付く。足が地面についていないことと自身の背中を支えているものの存在からようやく状況を察したようで、顔を青くしたり赤くしたりしながら口を開いた。
「っ、す、すみません教授……!」
「いや、怪我が無いのなら良かった」
背中に回していた腕を緩め、彼女を地面に下ろしてやる。
「ここは地面の状態が悪い箇所も多いですからね。ゲーム中も転ばないよう充分気を付けることだ。……追う側の私がこんなことを言うのも何だがね」
頬に赤みを残したまま頷くに手を差し出し、その小さな手が自身の指先を包み込むのを確認して歩き出す。レールに沿って坂を下っていると、前方数メートル先を横切った影にが足を止めた。
「……教授、あの、あれって……まさかとは思いますけど……む、虫、ですか……?」
「あァ、一応蟻らしいですよ。我々が知るものよりは少しばかり大きいがね」
見慣れない生き物に息を飲んだがルキノの指を握る手の力を強める。そういえば彼女は『虫』と称されるものの類があまり得意ではなかったな、と頭の隅で考えながら、ルキノは目の前の生き物について説明を始めた。
「あれはハンターとサバイバーのどちらにも害を加える中立生物の一種であり、『毒蟻』と呼ばれている。あれらが噴射する液体を浴びると一時的に移動速度が低下するから、チェイスをする時は気にした方が良いでしょう。……ところで、あの生物が吐き出している液体は酸であるとのことだが……酸を浴びたところで果たして移動速度に影響を及ぼすだろうか? 酸が付着することで皮膚に損傷が生じ歩行が困難になるという理屈なのだろうかと以前試してみたのだが、液体が掛かった部位の損傷は確認できなかった。即効性が有り持続性は無いというのも気にかかる」
「試した、って……教授……」
少しずつ熱を帯びていく彼の言葉を聞き、は呆れたような表情を浮かべた。彼女が言いたい事はなんとなく察することができるが、気になってしまったのだから仕方がない。チェイス中あれを浴びたサバイバーの動きが鈍くなったのを目にした瞬間に、ルキノが意識を向ける対象は『サバイバー』から『毒蟻』へと移ってしまったのだ。そうなってしまっては最早ゲームどころではない。結局そのゲームはそれ以降誰も追われることなく引き分けに終わった。有利な展開であったはずが突然追うのをやめて毒蟻の観察を始めた彼にサバイバーは大層困惑しただろう。
だがその時のルキノには勝敗などどうでもよく、とにかく調査がしたかったのだ。この生物が分泌する液体を浴びた際、自身の身体にどういった影響が出るのか、移動速度以外の変化は生じるのか。そういったことを調べる為にサバイバーが既に脱出していることにも気付かず毒蟻からの攻撃を受け続けたことは記憶に新しい。
「『毒蟻』というくらいだし、私はやはり神経毒の一種ではないかと思うのだが、クンはどう思うかね?」
「……私がここで『毒だと思います』って言ったら教授が嬉々として実験を始めそうなので、言及するのはやめておきますね」
「成程。やはりキミもそう思うか」
おそらく彼女なら同意してくれると思っていた、と彼は満足そうに頷く。は「私は何も言ってませんよ」と口にしているが、その返答では肯定しているも同然だった。
「実験をするにも、器具の類が持ち込めないのが惜しいな。経口投与は可能だが、やはり――いや待て、この服の付属品に注射器は……無いか……」
閃いたとポケットやポーチを探り出したルキノは、目当ての物が無いと分かると残念そうに肩を落とした。心底安堵したというように小さく息を吐いたに先へ進むことを促され、彼はどこか名残惜しげな顔をしながらも「そうですね、行きましょう」とステージの奥へ足を進めた。
歩いている最中に目に入った縄梯子についての説明をしながら歩いていると、壁に穴が空いている場所に辿り着く。大きな穴の前に立ち、ルキノは口を開いた。
「このステージ特有のギミックがあるということは先程も言ったと思うが、これがもう一つのギミックです。昇降機――リフトと呼ばれていますね」
「……謎の空間が広がってますね……」
「そこのレバーを『Ⅱ』の位置に合わせてみたまえ」
ぽっかりと穴の空いた空間をおずおずと覗き込んでいた彼女がルキノに言われてレバーの存在に気が付き、言われた通りに動かす。少しの間を置いて鈴のような音と共にかごが降りてきたのを見た彼女は目を丸くした。先に乗り込んだルキノが「足元に注意するように」と口にして優しく彼女の手を引く。ルキノの隣に並んだ彼女は興味深げに視線を巡らせ、次はどうするのかと彼を見上げた。
「ここにもレバーがあるでしょう。これを行きたい階層の所に合わせてやるとそこに行くことができるんです。今回は下に行きたいので――こうですね」
レバーを握ったルキノが『Ⅲ』と書かれた所に合わせるようにそれを動かす。すると低い音を響かせながら足元が揺れ、二人を乗せたかごが地面に沈んだ。
「す、すごい……! 私、こんなの初めて乗りました!」
「隣接する階層にしか行けないという制限こそあるが、こちらはトロッコとは違ってそれなりに有用性はあるから使い方を知っておいて損は無いと思いますよ。ただ、これも乗っている時に攻撃を食らうと一撃でダウンしますから、使うならばある程度ハンターとの距離がある時にするといいでしょう」
ルキノの言葉を聞きながら彼女はふむふむと頷く。そうしている内に目的の階層に到達したようで、二人の目の前には先程とはまた違う光景が広がっていた。
「なんだか地下のはずなのにこれまでで一番明るいです、ね――……! き、教授! 教授! あれ!」
一歩足を踏み出したが、視線の先にあるものに気が付き興奮したように声を上げた。それとルキノの顔との間で慌ただしく視線を行ったり来たりさせる彼女の様子に思わずルキノは笑い声を漏らした。喜ぶだろうとは思っていたが、想像以上である。
早く早くと急かすように彼の手を引くに表情をゆるめながら、ルキノは歩幅を広げる。圧倒的な存在感を放っている大きな石塊の前に立った彼女は、光り輝くそれに負けない程に目を輝かせた。
「すごい……『黄金の石窟』っていうのにも納得しました……こんなものがあるなんて……」
滑らかな表面を控えめに指先でなぞってはうっとりと溜め息を零す彼女は赤の教会で自分を観察していた時の様子に近い。そんなことを考えつつ、陶然として石塊の周囲を歩く彼女の様子を微笑ましく眺めていたルキノは視界の端で動いたものに気が付き彼女の肩を抱き寄せた。突然のことに驚いて「教授?」とルキノを見上げたの頭を軽く撫で、「ひとまずこちらに」と少し離れた場所に彼女を誘導する。
「どうしたんですか?」
「……アレが見えるかね?」
彼が指し示しているのは先程まで二人が立っていた辺りで、そちらに目を向けたは小さく悲鳴を上げてルキノに縋りついた。
「なっ、なんですかあれ……!? 人じゃないですよね……!?」
「毒蟻と同じ中立生物で、『グール』と言うらしい。行動範囲は然程広くないが範囲内にいると結晶の塊を投げてくる。動きは早くないし避けることも可能だが、当たると暫く行動不能になるから気を付けなさい」
「グール……なんていうか、都市伝説にでも出てきそうな雰囲気ですね……あんな生き物もいるんだ……」
彼の説明を聞いて少し落ち着きを取り戻したのか、白衣を握る手の力が弱まる。そんな彼女を安心させるようにひと撫ですると、「アレもまた興味深い存在ではあるが、今は少し邪魔ですね」とそちらに足を向けた。ここにいるようにとその場に残された彼女はグールに近付いていくルキノの後ろ姿を心配そうに見つめている。
「さて、キミには悪いが暫くの間ご退場願おうか」
ルキノは仕舞っていたナイフを取り出してくるりと回し、その手にしっかりと握り込む。目の前で投擲の構えを見せるグールを容赦なく斬りつけると、それは耳に障る叫び声のようなものを発した。グールはよろめきながらどこかに消えていく。その姿が完全に見えなくなったのを確認し、彼は軽く刃を拭うと再びそれを腰の辺りに納めた。
そわそわとこちらの様子を窺っている彼女に手招きをする。小走りでルキノの傍へと駆け寄って来たが不安そうに周囲を見渡しているのを見て「一度追い払ってしまえば次のゲームまでは出てこないので大丈夫ですよ」と声をかけてやれば彼女は眉を開いた。
「もう邪魔をするものはいないから、好きに観察を続けるといい」
彼のその言葉に嬉しそうな声で返事をしたは、吸い寄せられるように石塊への方へと向かっていった。彼女は石を眺めていたかと思うとしゃがみ込んで作り物のような色をしたキノコを見つめ始め、そっとそれに手を伸ばした。その指先が鮮やかなカサに触れようとしたところで、「コラ」とルキノが口を開く。反射的に手を引っ込めたがそろりと彼の方に視線を向けると、咎めるような目をするルキノがいた。
「毒があるかもしれないでしょう。得体の知れないものには軽率に触れないように、と教えたのを忘れたのかね?」
「う……やっぱり怒られた……」
注意を受けるだろうと分かっていながらも手が伸びてしまった、と、彼女は反省したように眉尻を下げる。「私がいるのだから、触れる前に確認するように」と釘を刺し、その上でそれは触れても大丈夫だと教えてやればその表情は瞬く間に明るいものへと変わる。弾力を確かめるようにそれをつついては楽しそうにしているを見つめるルキノは気付かれぬように息を吐き出した。彼女の気持ちはルキノにも分かるが、何かあってからでは遅いのだ。今のような状況であれば、もし何かアクシデントが起こったとしてもゲームを終了させればいいだけの話ではあるのだが。
正直なところ、彼女も自分にだけは『毒があるかもしれないから軽率に触れるな』などと言われたくはないと思っていることだろう。自身の言動を省みればそう思われていても仕方がないであろうことはルキノも理解している。しかし、自らを実験台として毒液を投与するのと、意図せず毒を持つ物に触れてしまうのとではわけが違う。ルキノは彼女に苦しい思いをさせたくはない。がルキノの行っているような実験をしたいと言うのならまた話も変わってくるが、もしそんなことを言われたとして、彼がそれを許可することはおそらくないと言える。
「……どうにも、甘くなってしまうな」
満足したという顔でルキノの方へ歩いてくる彼女を見ながら、ルキノは困ったように頭を掻いてそう独り言ちた。
2020.07.12
▼BACK