それは突然やってくる
柔らかなソファに体を預け、グラスを傾ける。隣に座る恋人を見やれば、彼女は上機嫌でチョコレートを口に放り込んだところだった。彼女の前に置かれたグラスの中には既に氷しか残っていない。
「……少しペースが早いんじゃないか?」
開けたばかりであるはずのボトルの残量を確認したリオセスリが彼女に問いかける。
彼の声に、は彼の方へ顔を向けて目を瞬かせた。ちょっと待ってと言いたげな目をしながらむぐむぐと口を動かす姿がまるで小動物のようで、リオセスリは思わず頬をゆるめる。しばらくそのまま眺めていると、微かに彼女の喉が上下した。
「久しぶりにこうしてゆっくりできるから、嬉しくてつい……」
そう言ってはにかむ彼女は気恥ずかしさを誤魔化すようにグラスを手に取り口をつけたが、溶けた氷が唇を湿らせただけだった。
もう無かった、と恥ずかしそうにしているに目を細めたリオセスリは、グラスの中身を喉に流し込み、空になったそれをテーブルに置いた。
ほどあからさまではないものの、リオセスリも久々の逢瀬に少々浮ついた気持ちを抱いてはいたのだ。あまり表に出すものでもないかと抑えていたのだが、こうも真っ直ぐに伝えられてはたまらない。
リオセスリは彼の挙動に目を丸くしているの頬を指の背で撫でて「俺もだ」と笑んでみせる。一瞬きょとんとした表情を浮かべただったが、それはすぐに照れたような笑みに変わった。
「そ、そうだ、新しいお酒持ってきますね!」
一旦離れて心を落ち着かせようとしたのだろう。そう言って立ち上がった彼女に、リオセスリはふっと息をこぼす。
「まだ中身が残ってるのに?」
「う……でもほら、そのくらいならすぐ飲んじゃうし、別のだって飲みたいし……」
もごもごと言い訳めいたことを口にしながら、はリオセスリの前を通り抜けようとした。その瞬間、足がもつれ、彼女は「あっ」と声を上げた。
このままでは転んでしまうと予想はできたものの、この状態からそれを回避することは自分には難しい。そう覚悟して、固く目を瞑る。
少しでも衝撃を和らげようと咄嗟に前に出した腕が引かれ、体が何かにぶつかった。しかしその感覚は思っていたほど強くなく、数秒の後にはそろりと瞼を持ち上げた。
「――大丈夫か?」
上から降ってきた声に、視線がそちらへ向く。思ったよりもリオセスリの顔が近くにあり、思わず顔を逸らしてしまった。
「だ、大丈夫です……」
自分がリオセスリの脚の上に座り込むような形になっていることを認識し、は彼が腕を引いて受け止めてくれたのだと理解する。
「すみません、ありがとうございま――」
再び顔を上げようとしたとき、彼女は自分の指が彼の胸板に沈みこんでいることに気が付いて言葉を詰まらせた。最早『手をついている』というよりは『鷲掴みにしている』と言った方が適切な状態である。すぐに離さなければ、と冷静な自分が訴えかけるも、指先から伝わる感触がそれを打ち消してしまう。
(えっ……え!? こうやってしっかり触ったことなかったけどなんか思ってたより……なんだろう、もちっとしてるというか……もっとがちがちなのかと……部屋着だといつも着てる服より薄手だし、それもあるのかな……? いやでも、何も着てないときも見た目的には硬そうだったし……実際は常にこうってこと……!? えっ……すご……こんな感じなんだ……すごい……)
頭の中でそんなことをぐるぐると考えながらの手はリオセスリの胸をまさぐり続ける。逞しい胸板に頬をすり寄せたことはあれど、こうして触れるのは彼女にとっては初めてだった。想像していたよりも柔らかで弾力のある感触はを惹きつけてやまない。初めに抱いていた申し訳なさはどこへやらである。
一方リオセスリはというと、無言で自身の胸を揉み始めた彼女に最初こそ驚いたような表情を浮かべたが、現在は面白そうに彼女を眺めていた。
『脚の上に座っている恋人が胸を触ってくる』という状況はそれだけ聞けば完全に『お誘い』であるし、リオセスリ自身も一瞬はそういうことなのかと考えた。しかし、目の前の彼女は至って真剣な顔で彼の胸の感触を確かめており、そういった意味での接触でないことは明らかである。――そうであったとしても、この行為で一切心が揺らがないのかと言われるとそんなことはないのだが。
(……随分と熱心だな)
それほど酒に弱いわけではなかったはずだが、多少酔ってはいるのだろうかと思いながらを見つめる。リオセスリもも未だ一言も声を発さず、部屋の中には時計の音だけが響いている。
彼女を観察するのも面白いがそろそろ気付かせてやってもいいだろう、と、リオセスリが自身の胸に軽く力を込める。突然硬さを増したそれにの手がびくりと震えたかと思うと、少しの間をおいて勢いよく彼から離れていった。
「っあ、ご、ごめんなさい、その、……」
おそるおそる顔を上げたの目は音を立てる勢いで泳いでいる。まるで追い詰められた犯罪者のような反応だなと彼は喉の奥を鳴らすように笑った。
「――満足したかい?」
リオセスリの言葉にぶわりと赤く顔を染め、は「違うんです」と口を開く。
「そ、その、そんなつもりじゃなくって、気付いたら手が……じゃなくて……いや違わないんですけど……えっと……」
半ばパニック状態になりながら言い訳を重ねるに『別に気にしていない』とリオセスリが伝えようとしたところで、彼女がはっと何かを思い付いたような顔をした。
「そうだ! 代わり? お詫び? に? リオセスリさんも私の胸を触ってください!」
「は、」
やはり彼女は酔っているのではないだろうか。さすがにそう思わざるを得ない提案だった。だが彼女の目は正気を保っている者のそれであり、少なくとも自分が何を言っているか分からないというような状態ではなさそうだ。
気の抜けた声がこぼれ落ちてしまったのも仕方ないだろうとリオセスリは心の中で誰にするでもない言い訳をした。彼の困惑をよそに、はこれが正解だと言わんばかりの表情をしている。
「あのなあ――」
呆れたように息を吐き、もっと考えて発言をしろ、と彼女を窘めようとしたリオセスリだったが、ふとそこで言葉を切る。
彼女はおそらくリオセスリがその提案に従ったとしても何かが起こることはないと考えているのだろう。先程の行為にしても、あれでリオセスリが多少なりとも欲望を燻らせていたなどとは露ほども思っていないように見える。
信頼されているというのはあるのだろうし、それ自体は彼にとっては喜ばしいことだ。だがあまりにも無防備というか、隙がありすぎるというか、不用心というか。誰にでもこんな言動をしていると思っているわけではないが、自分の言葉がどれほど軽率なものであるかを分からせるという意味でも彼女の提案に乗ってやってもいいかもしれない。
数秒の間にその結論を出し、ひとつ息を吐いたあと、リオセスリは頷いた。
「……いいだろう。あんたがそう言うなら、有り難くその『お詫び』とやらを受け取ろうじゃないか」
彼の声に先程までとは違う何かが滲んでいることに気が付いたのか、の瞳が僅かに揺れる。しかし自分からの提案を『やっぱり今のナシで』と反故にすることはできず、「ど、どうぞ……!」と胸を張るように姿勢を正した。
薄く笑ったリオセスリの指が、薄い布越しに彼女の胸に触れる。その瞬間、の肩が小さく跳ねた。
すり、と指の背で柔らかな丸みを確かめるように撫でたかと思うと、指先で文字を書くように表面をなぞる。
触れるか触れないかくらいの、ほぼ服だけを触っていると言っても過言ではない程度の力加減のまま、彼の指はゆっくりとの胸を撫で上げる。往復する度に指が突起をかすめ、その度には声を飲み込んだ。
次第にの呼吸が浅くなっているのを感じて、リオセスリは微かに口角を上げる。
「ん、っ……」
存在を主張し始めたそこを軽く引っ掻いてやると、の口からは堪えきれずに甘い声がこぼれた。
「ち、ちが、私、こんな触り方してな――っぁ、」
声が漏れたことで羞恥が込み上げたのか、が抗議するようにそう口にする。しかし、言葉の途中で先端を摘まれ、訴えは中断されてしまった。
「そうだったか?」
リオセスリは片眉を上げ、挑発的な笑みを浮かべる。先程までは指だけで触れていたのが、いつの間にか手のひら全体での胸を包み込んでいる。彼女は耳の先まで赤くしてリオセスリの服の裾を強く握りしめた。
彼の大きな手の中で彼女の乳房は柔らかく形を変える。触れられているところから熱が広がっていくようで、は頭がくらくらしてどうにかなりそうだった。
「……っ、んぅ、」
突起を優しく弾いてやると、の腰が震える。その様子に目を細め、再び指先で軽く肌を撫でたあと、リオセスリは彼女の胸から手を離した。
「……まあ、こんなもんか」
「ぇ……」
呆気にとられたように、離れていく彼の手をが目で追う。もう終わりなのかと言いたげな瞳はすっかりとろけてしまっている。それにじわりと理性を揺さぶられつつ、リオセスリは口の端を持ち上げた。
「これでおあいこ、だろ?」
は彼の言葉にやや不服そうな表情を見せた。上気した頬を優しく撫でれば彼女はリオセスリを見上げて何かを言いかけたが、開いた口からは小さく息が吐き出されるばかりだ。
「どうした? 何か言いたそうだな」
彼は全てを見透かしたような顔で笑う。
「……いじわる」
「さて……何のことだか」
あくまで自分は言われた通りにしただけだ、と、リオセスリは肩をすくめてみせる。
余裕そうな態度の彼にはじとりとした視線を向けるが、「そんなに睨んでもかわいいだけだぞ」と頭を撫でられ、つい目を逸らしてしまった。しかしこのままやられっぱなしでもいられないとが不意に顔を上げる。
ちゅ、と軽い音を立てて、リオセスリの唇にのそれが押し当てられた。
彼の顔から笑みが消え、僅かに目が見開かれる。唇が触れ合っていたのはほんの一瞬だったが、彼の理性に傷を付けるには充分な時間だった。
「……こ、これで終わりじゃ……いや……」
控えめに彼の背中へ腕を回したが、胸に頬を寄せながらそう呟く。彼女が自分の顔を見ていないことにリオセスリは心底安堵した。
静かに大きく息を吐き出しながら、彼はを抱きしめる。彼女もまた、彼の背に回した腕の力を強めた。
「……」
少しだけ体を離して、リオセスリが彼女の名前を呼ぶ。が顔を上げると、間髪入れずにその唇が塞がれた。許しを請うように舌先で唇をなぞられ、彼女は薄く口を開いてそれを受け入れる。
「っ、ふ、……っ」
二人の吐息と甘いアルコールの香りが混ざり合う。ぎゅっと目を閉じながらも彼に応えようと必死になっているに目を細め、リオセスリはその後頭部に手を回した。
の手は縋るように彼の服を掴んでいる。彼はより深く彼女に食らいつき、こぼれ落ちる声と吐息を全て飲み込んだ。
2025.11.11
サイト掲載 2025.11.14
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