BLASTが逆トリップ
最初に気がついたのは、大和だった。
「ん? なあ、なんか見たことない道になってるぞ?」
「あぁ? 何バカなこと言ってんだ。んなわけねぇだろちゃんと見――マジじゃねぇか……」
きょろきょろと辺りを見回す大和をついに頭がおかしくなったかとでも言うような顔をした宗介が一瞥し、同じように周囲に視線を巡らせる。ほとんど表情が変わらないままこぼされた声に思わず俺もざっと周囲を見渡した。うわマジだどこだここ。
つい数分前にエデンを出たときはいつもの風景だったと思うのだが、いつの間にこんな道に迷い込んでいたのか。というかエデンの近くにこんなところあったか? ――これ、もしかしなくても。
「まーた飛ばされたパターンか……」
「なんか今回は随分とさりげないっつーか、微妙な感じのあれッスね……」
それな。いつもはもっとこう、魔界だとかアメリカンな街並みだとか合戦場だとかそういうわかりやすいとこなのに、今俺たちが立っている場所は見たことない風景とはいえほとんど元の世界と変わらないように見える。全然気付かなかったのもどうかと思うけどいつの間に変わったのか本当に気が付かないレベルでさりげなかった。なんて言うんだっけこういうの、あー、あれだ、アハ体験。
「いつもと同じ道歩いてたと思ったんだけどなー。見たことない店ばっかりだな!」
「見たことない、ってより、なんか……パチモンくせぇ店ばっかって言う方が正しい気もしますね……」
「ああ、とな――」
「何言おうとしてるか大体見当つきますけどとりあえずやめてください」
口を開くと危なげな発言をする大和は放っておこう。頼んだぞ徹平。
しかしこれは一体どうしたものかと首をひねる。いつものパターンならとりあえずマスター的な人物か他のバンドメンバーか天の声みたいなのがどうすれば良いのかを教えてくれる流れだと思うのだが、それらしい人物は見当たらないし声も聞こえない。とりあえずここで突っ立ってるのもなんだし、適当に散策してみるか。
「お、CDショップっぽいもの発見。よし、行こう」
「なんでそうなったんスか!?」
「翼にしては悪くねぇ考えだ。行くぞ」
「いや、その前になんか元の世界に戻る手がかり的なの探した方が――って、歩くの早っ! ちょ、待ってくださいよ!」
自動ドアをくぐれば、思った通りここはCDショップだった。この店然り、元々俺たちのいた世界とは絶妙に違った店ばかりだがバンドもそんな感じなんだろうか。なんか微妙な気持ちになりそうだな……。
そう思いつつ店内をざっと眺めれば、目に入ったのは見覚えのあるバンドの写真だった。足を止めてそこを見つめる宗介は俺よりも先に気付いていたようだ。
「ペンリサコーナーがあるじゃねぇか……」
目立つ場所に積まれたCDと設置されたモニターに流れるライブ映像、それにバンド紹介のポップ。そんな羨ましい待遇を受けているのは宗介の好きなバンドだ。っていうか、普通にそのまんまじゃん。マジでどういう世界線なんだこれ。
「おーい! 宗介! 翼! 徹平!」
店内に響き渡った声に思わず溜め息が漏れる。宗介は舌打ちしてるし目の届く範囲にいた徹平も額に手を当てている。気持ちは分かる。仕方なく声の聞こえた方向へ向かうと、大和が数枚のCDを持って興奮したようにこちらへ向かってきた。
「大和お前な……叫ぶのも走るのも他の人と店員さんの迷惑になるからやめなさい」
「翼! これ! 見てくれ!」
「聞けよ!」
何がそんなに大和を駆り立てるんだと押し付ける勢いで渡されたCDを見る。……いや、これ、んん?
「ブレイスト……?」
「それだけじゃないんだ! ほら、こっちも!」
下になっていたCDを示されそちらにも目を通す。いや、本当にどういうことだ、これ。
「オイ、何をそんなに騒いでんだ」
「あー……いや、お前らちょっとこれ見てくれよ……」
「CD……誰のッスか?」
やって来た宗介と徹平にもCDを手渡す。二人は不思議そうな表情でそれを受け取り、そして曲名とバンド名を確認したところで『意味が分からない』という顔をした。まあそうなるよな。
「……どういうことだよ、これ」
「俺らの曲……ってかバンド名も同じだし、こっちなんかオシリスにフェアリーエイプリルにキュアキュアトロンの曲まで……俺らこんなCD出してませんよね?」
「あのハゲ勝手に人の曲CDにして売りさばいてやがるのか?」
その可能性は俺もちらっと考えたが、さすがにこんな売り方をするような資金がエデンにあるとは思えない。なんだブレイストエディションって。なんだドラマトラックって。いや本当に何なんだドラマトラック。気になりすぎる。
「なんなんだよこの世界……」
意味が分からないし今すぐに帰りたい。早く来てくれ天の声。
予約していたCDを受け取りに来てみれば、店内の端で固まっている男子学生グループを発見した。数枚のCDを持って顔を寄せ合っている図に若干の不信感を抱きこっそり様子を窺う。これ私まで不審者に見えないだろうか。違うんですお巡りさん誤解です。というかあの制服どこかで見た気はするんだけどあんな制服の学校この辺にあったっけ。……いや、その前になんか一人髪色がすごいんだけどあれは校則的にオッケーなの……?
「こういうCDいつか作りたいなー!」
「作りたいじゃねぇ作るんだよ」
「俺ドラマトラックが気になって仕方ないんだけどここってお金どうなってるんだろうな。紙幣出した瞬間警察呼ばれるとかは勘弁だよなー」
「いや、まずはこの状況をどうするか考えましょうよ……」
…………何の話をしているのか全くわからない。何だあの学生たち。しかし本当に既視感がすごいんだけどなんなんだろう。見た目も声もこの何もわからない会話内容もどこかで――いやちょっと待てよ。あのやたら声が大きい茶髪の男の子……それに構造がよくわからないぴょんぴょんした髪に普通に生活していたらまずお目にかかることはないピンク色の髪……強面だけど苦労人っぽい雰囲気の男の子……。
「ブレイスト……?」
そうだ、ブレイストだ。バンドやろうぜの。見た目も声もそっくりだけどやたらハイクオリティのコスプレイヤーさんとかだろうか。毎日ログインしているはずなのにあまりにも現実とかけ離れすぎて全然結びつかなかった。というか公共の場所でコスプレはあまり良くないのでは。会話の中身すらそれっぽいし骨格は完全に男の子だしあんな熱心な(というのも違う気がするけど)男性ファンが四人もいるっていうのはなんかすごいし若干感動すら覚えるけど。公共の場ですよここは。
どうしよう、一応注意とかすべき……? でももし逆ギレとかされたら怖いし今日の夜にでもツイッターで完全に私を悪者扱いした長文メモ帳スクショとかが流れるかもしれないし……いやだ……平和に生きたい……でももう更新も終わるのにこれで他のジャンルの人たちに『こんな人たちがいるなら終わって当然だ』みたいなことを言われてしまうのも悲しいし……うわあどうしよう究極の選択――あ、やば、なんか目が合った。
「……あの」
「ひえっ」
強面で屈強な男の子に声をかけられて思わず悲鳴のような声を上げてしまった。えっ待ってそこでそんな悲しそうな表情をしないでちょっと役に入り込みすぎじゃない!? 罪悪感が募る!!
「あー、ほら徹平、いきなり話しかけたらそりゃそうなるって。すみませんお姉さん、驚かせちゃって」
「え、あ、いや……全然……ちょっとびっくりしただけで……はい……」
待ってほしい。脳がついていかない。何? ドッキリ? 更新終わるって言ってからも色んなとこでコラボやったり新グッズ出したりしてるなとは思ってたけどその一環? レイヤーさんとは思えないこの自然さは何なの?
「おっ? お前が今回の村人役か!?」
「村人役」
「おい村人。めんどくせぇからさっさと戻せ」
「えっ何、村人で話が進んでる」
「お前らはそうやってグイグイ行かない!」
すごい、なんというか、この『ブレイスト』感。クオリティが高い。ノリもそうだし声も本当にそれっぽい。一体何者なんだこの少年たちは。
「あ、あのー……その、皆さん、コスプレイヤーさんで合ってます……?」
「えっ、コスプレ? 何の?」
心底不思議そうな顔をするピンク髪の男の子。え、何その感じ。本気で言ってる? 無自覚コスプレとかそんなことある?
「いや……だってその格好ブレイストの……」
「俺たちのこと知ってるのか!?」
声がでかい。というか、あまりに現実味がなさすぎて考えないことにしていたけど、本当にこれ御本人様だったりするのだろうか……。いやまさかそんな、バンドやろうぜのトンチキイベントじゃあるまいし。
え、なんか某ニンゲン観察バラエティ的なアレだったりしない……? 実はその辺にカメラマンさんが潜んでたり隠しカメラとかが仕込まれてたりそういう……『二次元のキャラクターが突然目の前に現れたら信じる? 信じない?』みたいな……。いややるならもっとメジャーな作品でやろうよ。もっとあるでしょわかりやすいのが。
「おい」
「はい!!!」
「知ってんのか、俺たちのこと」
「し、知ってるというか……まあ知ってると言えば知ってるんですけど……なんていうか……」
「こら、すぐガン飛ばすんじゃないよお前は」
ごちんと鈍い音を立ててピンク髪の男の子がぴょんぴょん黒髪の男の子の頭を小突く。いやめちゃくちゃ舌打ちしてるし表情がやばい。目で人を殺せる。そしてそのままこっちを見ないで怖い。
「あ、あの……何言ってんだって思われるかもしんねぇんスけど……俺たち別の世界から来たっていうか……」
「……モニタリング……?」
「?」
やっぱり某番組でしょこれと思ったけど目の前の少年たちは揃って「何言ってんだこいつ」の顔をしている。はっはっは、演技がうまいなあ。役者さんなのかなあ。
「…………とりあえず、ずっとここで立ち話してるのも何だし……落ち着いて話せる場所に移動しませんか……」
さすがにCDショップで延々と変な話をしているのもあれだろう。いや、このお店の人たちもグルなのかもしれないけど。そうだとしても店を出た辺りで来るでしょカメラが。……来なかったらどうしよう。
「人攫いか!?」
「人聞きの悪いことを言わないで!!?」
…………ドッキリであってほしい。切実に。
2018.07.16
サイト掲載 2018.08.29
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