「あら、レイじゃない!」
 走り去っていくシンを複雑な表情で見送る五人の背中から、『この世界』に飛ばされてからは聞いていなかった声がかけられた。その声でそれが誰なのか、そしてその人物が自分のよく知る人物とは違うことを察したレイは大きく吐き出しそうになった息を飲み込んで振り返る。
「おう、。……もう誰が出てきても驚かねーぞオレは……」
「ちょっと、アナタまたサボってるの? 本当に仕方のない子ね……単位ばかり落としてないで、女の子の一人でも落としてきたらどうなの?」
「そういう心にクるのやめてくれよ……」
 困ったように眉を寄せて額を小突いてくるに、レイはなんとも言えないといった表情を返す。その様子を後ろから見守りつつ、四人はひそひそと言葉を交わし始めた。
「……ちゃん、どういうポジションだと思う?」
「う、うーん……ここにいるってことは、学校関係者なのかな……?」
「レイさんと普通に喋ってるし、俺らにとって悪い関係じゃねぇ……のか……?」
「ここは様子を見よう」
「どうした見習いちゃん、突然ゲームの選択肢みてーな喋り方して」
 とりあえず様子を窺うことにしたらしい四人を「お前ら何隠れてんだ」と言いたげなレイの目が射抜く。普段とテンションの違うに対しどう接したものかさすがに戸惑っているらしく、増援をよこせと視線で訴えているように思えた。しかしこの中でと一番親しいのはレイであり、そのレイがどうしようもないのなら自分たちに出来ることはないだろうと揃って首を振る。勘弁してくれと声が聞こえてきそうな顔をしたレイに吉宗が小声で「いけっ、フェアリーゴー!」と念を飛ばすような動作をするのを他の面子は呆れた顔で見つめた。
「ちょっとレイ! 今話をしているのは私でしょう!? どこを見てるの!?」
「ぶっ……わ、わかった、わかったから! 掴むな顔を!」
 頬を両手で挟まれたレイが距離の近さに思わず仰け反る。彼の頭の中には早くこの場を逃れたい、あいつらマジあとで覚えてろよ、といった思いが渦巻いていた。
「もう……レディと話してる最中によそ見をするなんて、そんなだからいつまでもチェリーのまま――ああっ! そうよこんなことをしてる場合じゃないの! レイ! 聞いてちょうだい!」
「いやそこから思い出される用事って何なんだよ」
 突然叫ぶような声を出したに心臓を跳ねさせながらも冷静につっこむ。後ろの四人もなんだなんだと彼女に目を向けた。
「この辺りで、ツーブロックのセクシーな男性を見なかった!?」
「……進か」
「進さんスね……」
 レイの肩を掴みながら問いかけるに、全員が「そうだな」「ですね」などといった声を発した。そんな彼らの反応を見ては目を輝かせる。
「アナタ達、彼の知り合いなの!? ああ、女神様は私に微笑んでくれているわ……! ねえレイ! 彼の連絡先を教えてくれる!?」
「お前、ほんとびっくりするくらいグイグイ来るな……」
 興奮気味に詰め寄ってくるをなんとか落ち着かせようとその肩に手を乗せるが、彼女の勢いは収まらない。「つーかお前らも助けろよマジで……」と疲れた声をあげながらじとりと四人を見る。無言で全員から目を逸らされ、レイはたまらず大きく息を吐いた。
「あー、、わりぃけど、あいつの連絡先は知らねーんだ」
 レイの言葉に、ぴたりとの動きが止まる。その目は伏せられ、薄く開かれた唇からは「……そう」と悲しみに満ちた声がこぼれた。
「そう、よね……こんな幸福、続くわけがないわ……そうよ、私はいつもそう……あの時だって……」
「ちょ、ちょっと、ちゃんこの世の終わりみてーな顔になってんだけど」
「聞いてはいけない過去みたいなのがめちゃくちゃ出てる! っていうかわりと話が生々しい!」
「おっ、おま、お前、そんっ……そんなことまで、嘘だろ、オレお前は仲間だって思って――」
 吉宗が困惑し、マイリーが顔を真っ赤にして耳を塞ぎ、レイは動揺して崩れ落ちる。徹平と見習いは「地獄絵図だ」とどこか遠い目をしながらその様子を眺めていたが、吉宗の「おい二人とも! どうすりゃいいんだよこれ!」という声で我に返った。
 どうしたものかと考えた徹平が、徐にの肩を叩いた。涙に濡れた瞳が徹平を見上げる。
「あのー、連絡先は知らねぇんスけど……その人、エデンの方に走っていきましたよ」
 徹平にそう告げられ、今の今まで涙を零していたはずの彼女の表情がみるみるうちに明るくなる。これで正解だったようだと徹平は安堵の息を吐き、吉宗は「よくやったテツくん!」と親指を立てた。
「あっ……ああ! なんて親切なの……! アナタとても素敵よ! あのヒトがいなかったら今晩お願いしてたところだわ!!」
「何を!?」
 力強く抱き締められ、徹平は思わず硬直する。そんな彼に構わず、はその両頬に軽く口づけを落とし、ぱっと離れた。レイが眼球を落としてしまうのではないかという程に目を見開き、徹平を見つめる。そのレイの顔を見た見習いが思わず「うわっ、ホラーだ」と口走ったのも無理はない。
「じゃあ私は行くわね! ありがとうデビルボーイ!」
「誰が――行っちまった……」
「いやー、嵐だったな……っていうかテツくんほっぺちゅーじゃんいいなー」
「ボク、戻った時ちゃんとさんの顔見られるかな……」
 走り去って行くを疲弊した顔で見送る面々。からかうような声の吉宗に顔を覗き込まれ、「別にそんなんじゃ」と逸らした徹平の顔をレイが捕まえた。その何とも表現し難い笑顔に吉宗は小さく息を呑む。
「いやー、はっはっはっ! 悪いな徹平! ったくあいつは魔界ん時といい仕方ねーなー!」
「いや、レイさん何、いって、ちょ、痛ぇっつーか熱い!!!!!」
「うわー……擦る手が早すぎて逆にゆっくりに見えるー……すごーい……」
「……レイさんって、ちゃんのことになると過保護ってか、そういうとこあるよな……」
「あー……」
 笑いながら徹平の頬を袖で拭うレイを止めることはそこにいた誰にも出来ず、この狂気じみた光景は数分間続くこととなったのだった。





2017.11.14