進に彼女が出来た時の話でした。時系列はゲームのプロローグの1〜2年前くらいをイメージしています。
予想以上に夢主がめんどくさい感じになってしまった。いや実際めちゃくちゃめんどくさいし重いんですけど。
予想以上に夢主がめんどくさい感じになってしまった。いや実際めちゃくちゃめんどくさいし重いんですけど。
「――お前さぁ」 不規則に揺れる彼女の背中をあやすように撫でながら口を開いた彼の声は、呆れやら心配やらといったいくつもの感情が複雑に混ざりあった色をしていた。 「やっぱ告っちまえばいいんじゃねーの」 その言葉にまた息を詰まらせて、はぶんぶんと首を横に振る。そんな彼女の様子に、レイは小さく息を吐いた。こういう時、もう一人の幼馴染ならもっとうまく慰めてやれるのだろうが、彼女がこうなっているのはそのもう一人の幼馴染が原因だ。そのため彼を呼んで慰めてもらうということも出来ず、レイはただ嗚咽を漏らす彼女に寄り添い、その背中を撫で続けていた。 数時間前、いつものように雑談をしていた中で何でもないことのように放たれた『彼女ができた』という進の一言。唐突なその一言でびしりと空気が凍る音を聞いたレイは「マジ!? 今度はどんな子だよ!」と茶化すように進の肩をばしばしと叩いた。少し遅れて、笑顔を浮かべたが「そうなんだ、おめでとう」と口にする。いつも通りの声色に、いつも通りの笑み。あまりにも変わらない彼女の様子に、レイは内心で苦々しい表情を浮かべた。こんな嘘ばかり上手くなってどうするのだと溜め息をつきたくもなるが、ここでそんなことをすれば変な顔をされてしまうだろうと喉元まで出かけた息を飲み込む。 「あ、悪ぃ、ちょっと電話」 タイミングが良いのか悪いのか、丁度進のスマートフォンが着信を知らせる。一言断った進は通話ボタンを押し、そのまま二人から距離を取った。 「……なぁ」 「レイくん、ごめん、ちょっと今は話しかけないで……」 気を抜いたら泣いてしまうだろうから。楽しげに通話をしている進の背中から目を離さない彼女にそう言われた気がして、レイは「りょーかい」と呆れともつかない息を吐き出した。ぎゅうと噛み締められる唇を眺めて、傷になっちまうぞと心の中で呟く。ふと彼女の表情が進へ向けるものに戻ったことに気付き、終わったのかと進の方を見るが、通話はまだ続いているようだ。それじゃあどうして、と疑問に思ったが、進が困ったような顔をしながら時たまこちらを窺っているのを確認し、ああなるほどと頷いた。通話の相手はきっと例の彼女で、『今から会いたい』だとか何とか言っているのだろう。も同じ考えだったのか、笑いながら声に出さずに「気にしないで」と口を動かしジェスチャー混じりに伝えている。彼女のそれが伝わったのか、悪いなと言いたげに進が片手を顔の前に出した。ほどなくして、通話を終えた進が「悪いな」と頭を掻きながら戻ってくる。 「なんかどうしても会いたいって言われちまってよ……別にいつでも会えるじゃねえかとは言ったんだが」 「んなこったろうと思ったぜ。ま、別にオレたちも特別用があるってわけでもねーし、行ってやれよ」 「うん、私たちのことは気にしないで」 「そうか? なんか悪ぃな」 いいから早く行って来いとレイに急かされ、「わかったわかった」と苦笑する。じゃあまた、と笑顔で手を振り合って、レイとは彼の背中を見送った。 その姿が見えなくなり、ふぅと息を吐いたレイがちらりと彼女の様子を窺う。俯いているために顔こそ見えないが、その表情がどんなものかなど彼には手に取るように分かっていた。 「……オレの家でいいか?」 とりあえず人目につかないところに移動しようと提案した彼の言葉にが頷く。進がいなくなった途端にこうなのだから、嘘が上手いのか下手なのか分からないなとレイは複雑な表情を浮かべた。真っ直ぐ歩いてはいるのだがどこか危うげな足取りの彼女が転んでしまわぬようにその手を引く。彼の家に辿り着くまで、お互い言葉を発することはなかった。
の瞳から涙がこぼれ落ちたのは、レイが部屋のドアを閉めたのとほぼ同時だった。彼は何の前触れもなく静かに泣き出した彼女に一瞬驚いたような顔をしたが、一先ず座れと彼女を促す。枕元にあったティッシュ箱をテーブルに置いて部屋を出ていったかと思うと、一分と経たないうちにグラス二つとペットボトルを抱えて戻ってきた。 「ほら」 ペットボトルの中身をグラスに注いでに差し出してやると、彼女は小さな声で「ありがとう」と返して受け取った。はそれを一口だけ嚥下し、グラスをテーブルに置く。何も言わずにぽたぽたと雫を落とす彼女をレイもまた何も言わず見つめ、困ったような表情をしながら彼女の横に並んだ。そのまま頭に手を乗せてくしゃりと髪をかきまぜてやれば、小さな嗚咽がの口から漏れだす。声にならない声をこぼしながら泣き続ける彼女の背中を優しく叩いてやりながら、レイが口を開いた。 「――お前さぁ、やっぱ告っちまえばいいんじゃねーの」 彼のその言葉に勢いよく首を振る彼女からは、『絶対に無理』という声が聞こえてくるかのようだ。それもそうだよな、とレイはまた一つ息を吐く。それが出来ていればこんなことにはなっていないだろう。 彼女は今の関係を壊すことを極度に恐れている。彼に告白して断られでもしたらもうこれまでのように気軽に集まって何でもない話をするというようなこともできなくなる、それならば今のままでいい。それが、レイが告白してみたらどうだと言う度に返ってくる彼女の言い分だ。しかし、彼女に告白されたら進は間違いなく受け入れるだろうし、そのまま何事もなく付き合っていけるだろうという思いがレイにはあった。根拠はないうえに、進から向けられるものは恋愛感情というよりは親愛に近いものかもしれないが、それでも、少なくとも関係が悪くなるということはないだろう。だからこそこうして何度も告白を勧めているのだが、彼女が首を縦に振ったことは一度もなかった。 「断られたらこれまでみたいな関係でいられなくなるっつーけどよ、それは進に彼女が出来ても同じことじゃねーのか?」 「……それ、は……」 現にさっきだって、彼女に会いたいと言われて彼は会いに行ったじゃないか。自分たちが促したのもあるが、実際、特に用も無く喋っているだけであればこちらを優先する必要もないのだ。その辺りはどうなんだと言外に含ませて、レイが彼女に問いかける。 はぱっと顔を上げたかと思うとまたすぐに俯いた。 「……我慢、する、よ」 「ずっとか? お前が進のことを好きじゃなくなるまで? 一回も気持ち伝えないで、それで忘れることなんて出来んのかよ」 表情を隠す彼女の前髪を手で除けて、その顔を覗き込む。揺れる瞳からは未だ絶え間なく涙が流れ続けている。本当は傷ついているくせに、表では何でもないような顔をして、彼が見ていないところで泣く。そんなことをずっと続けていては、きっと彼女の身が持たないだろう。今は自分が見てやれるから良いが、この先毎回そう出来る保証などないのだ。 「なぁ、。さすがに今すぐにとは言わねーよ。けど、気持ちは伝えられるうちに伝えとくのが良いと思わねーか?」 「、っ……」 見開かれた瞳に苦しげな色が浮かんでいるのを見て、レイはしまったとほんの少し眉根を寄せた。選ぶ言葉を間違えた、この状態の彼女に言うべき台詞ではなかった。そう思ったところで一度口にした言葉を飲み込むことは出来ない。 「ごめ、っ、ごめんなさい……レイく、ごめん……ごめんね、っ……」 案の定、は一層涙を溢れされて謝罪の言葉を繰り返す。彼にそんなことを言わせてしまったという罪悪感がの心に重くのしかかった。 ひたすら「ごめんね」と言い続ける彼女をどうしたら良いかわからず、レイはその頭を自分の胸元へ引き寄せた。 「、大丈夫だ。オレも悪かった、気にしてねーから落ち着け、な? 大丈夫だから」 しゃくりあげる彼女の頭をゆっくりと撫でる。少しの間はくぐもった声が聞こえていたが、しばらくするとそれも聞こえなくなった。まだ時折肩は揺れるが、それなりに落ち着いてはきたようだ。ぐすぐすと鼻をすする音を聞き、何枚かのティッシュを渡してやった。 どれほどの時間そうしていただろうか。髪を梳くようにしてを撫で続けていたレイは、支えていた体の重みが少し増したことに気がついた。もしやと思って彼女の様子を窺えば、その目はゆるく閉ざされ、静かな呼吸音が聞こえるだけだった。泣き疲れて眠ってしまったのだろう。仕方のないやつだとレイは小さく笑う。そっと彼女を抱き上げてから、どうしたものかと迷って部屋を見渡す。床に寝せるのも気が引けて、すぐ目を覚ますだろうが一先ずベッドに寝かせることにした。 目元が赤くなっているから冷やすものを持ってきてやろう。寝息を立てる彼女の頭をふわりと撫で、レイは部屋を後にした。
2018.02.07